第127話 覚悟は出来てる



「ああ、もう、全部、全部終わりにしましょう! ああぁあ、サリィ……!」


 魔剣を手にとり、杖を投げ捨て、両手に構える泣き笑う魔女。


 来る、またあの一撃が。


 さっきの一撃はあくまでエゴスを狙ったもの。


 だからこそ、間一髪で避けきれた。


 だが、もう次はない。


 それに……。


 背後を顧みる。

 ずっと広がるローレシアの街並み。

 そこは戦争を乗り越え、まさに人々の活気が戻って来たまっただなかの都だ。


 いつもよりも遅く感じる時間。

 実際にもう自然法則に逆らって何分も経過している。


 もう、すべては手遅れだ。


 いまさら生きてこの時間から戻ることはできない。


 魔法を解除した瞬間、間違いなく俺は死ぬ。


「ここが……、俺の終わり、か……」


 なんとか街を救いたいが、その術もない。

 一体何人が俺とともに来るのだろうか。


「あら? 諦めちゃったのかしら? そうよね、自分の魔力だけじゃ防げないってわかってるのよね」


 ああ、もう無理だ、疲れたんだ。


 元来、俺の魔力量は常人とは比較にならないくらいにはある。

 だが、もちろん底はあるんだ、人間なのだから。


 なんだよ、際限なく使える魔力なんて……そもそも『星ノ両断』からわが身を守る魔法なんてあるわけがないだろう。


 さらに言えば、この距離では避けられない。


 もうすべてが詰んでいる。


「はぁ、非常な」


 こんな化け物を倒せだなんて、ああ、なんて課題を残していくんですか。


「師匠……」


 そうだ、もう水面に上がれないのなら、いっそのこと潜ってみようか。


 普段なら確死の反動を考えて、こんなことをしないが……せっかくの記念日だ。


「スぅ……」


 目の前で荒れ狂う暴風を、ぼんやり眺めながら深く、深く、呼吸をする。


 そうしていくと次第に目の前で起こる、魔力の渦はゆっくりと色あせていき、やがて全てが止まってしまった。


 ほう、なるほど。

 古典魔術≪時間歪曲じかんわいきょく≫のさきにはこんな世界が待っていたのか。


 色は薄く、五感から入ってくる情報はとても少ない。


 自身の体内から魔力がへっていっているのかもわからない。


 ふふ、どうやらこの世界は俺だけのものらしい。

 目の前で固まるプラクティカを見つめて、内心ほくそ笑む。


 いや、しかし、こんな主観世界長くは持つまい。


「いま、聖遺物でさしたら死ぬのか?」


 思いつき、ためそうかと思い、足を一歩前へ。


 動かない。


 いや、動いているが、体がひどく重たい。


 こりゃダメだな。

 とても動けそうにない。


「もうすぐ、俺もそっちに行きますね、師匠、エゴスさん」


 鈍な体を動かして、懐から古びたノートを取りだす。

 ページをめくり、あるものを見つける。

 複製コピーされた俺と師匠のつながりのひとつーーゲイシャポックの召喚魔法陣だ。


 ああ、懐かしい。


 この究極神造兵器、量産してローレシアに売ろうとしたんだったな。


 結局、運用費用が馬鹿にならないのに加え、非人道的すぎるからって話は流れたけど……ああ、心残りがたくさん湧いてきた。


 思えば、この魔法陣を売れば、俺の魔法研究所やおおきな一軒家の魔術工房だって建てられたのに……。


 考えだしたら、もう心残りは止まらない。


 死ぬ前にもう一度だけ、レティスの顔が見たい。

 ああ、そうだ、レティスはいま少女と幼女の間の、時間という残酷に見放された過渡期なんだよ……ふんわり、やわやわのお腹とかぺろぺろしないほうが失礼だ。なのに、この俺ってば節度もって眺めるだけにしてたんだぜ?

 それなのにこの仕打ちは何だ?

 どうせ死ぬなら最後にレティスたんのこと、リアルぺろぺろすりすりはむはむすんすんさせろっの。


 せめてだ、その妖美なおへそを嗅ぎ尽くすくらい、むくいはあってもいいだろう。


 なんだか、腹が立ってきたな。


 おい、ふざけんな。


 もう、決めたぞ。


「絶対にあきらめない」


 こんな場所で死ぬなんてくだらない。

 絶対に、絶対に俺は生きて帰ってみせる。


 時間の密度を一気に手放して浮上する。


 魔力のうねりが激しくなってきたところで、音と色がある程度もどってきた。


 一か八か、全霊の防御魔法を試してみようじゃないか。


「覚悟は決まったようね! この魔力、魔力の奔流からは絶対に逃げられはしないわ! 自分の魔力だけで絶対防ぎきれないわーーさぁ、それじゃどうするのよ!」


 そういえば、なんだか、妙に説明くさい。

 なんだろうか、プラクティカの文言に対するこの違和感は。


「……っ、ぁ」


 目の前の魔女は、涙で空へながしながら、ついにその必滅の一撃をはなった。


 いつくしむような彼女の言葉を、頭の片隅で反復する。


 目の前から絶望の寒色波動がせまるなか、俺の心はおどろくほど穏やかだった。


「……ああ、そっか、プラクティカ様は、ーー」


 俺はようやく気がついたというか。


 彼女のどこまでも意地悪な助言、俺は大杖を地面に突き刺し、短杖と本でもって、死の運命を迎え撃つのだった。

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