第121話 神経逆撫でステップ

 

 視線を焼き切る紅光の応酬が、火炎を自在にあやつり、魔法を迎撃せんとする悪魔へ突き刺さる。


「ぐヴィ!」


 直撃、うめく悪魔。


 線の細い彼の体は、魔法の衝撃インパクトに耐えられず、たまらずとんでいく。


 強い。


 それが、俺が悪魔と魔術師の戦う現場にきて感じた、はじめての感想だ。


 悪魔の放つ魔法への、異様な反応速度と魔法抵抗レジスト


 悪魔の変幻自在の火炎魔法を、一撃もふところへ入れさせない。


 魔感覚系の知覚力を強化する、何らかの手段をもっているのだろう。


 これなら彼ひとりに任せておいても、なんとかなってしまいそうだ。


「サラモンド殿、どうしますかな? 今ならば悪魔を追い詰められますぞ。幸いにもこちらには聖遺物がある。もっとも、それはパティオ殿が所持していますが」


 それしかない、か。

 現状、最優先なのはパティオより、死の悪魔だ。


 もちろん、俺たちの真の目的である死の悪魔の打倒にあることが最たる理由だが、なによりパティオの援護が受けられるのは大きい。


 ああ、考えてみたら、やはり迷うことなど無いか。


「悪魔からやりましょう」


 俺はつぶやく。

 エゴスはうなづいて、瓦礫散らかる地面を爆散させる踏み込みで、悪魔がでてくる建物のなかへ突っこんだ。


「パティオ先生、加勢しますよ」

「ヒヒ……ぁ? ……なんだ、ゴルゴンドーラ先生、ですか。手出しは無用だと言いましたが?」


 薄気味の悪い笑みをつまらせ、パティオは至極真面目な面構えで聞いてきた。


「協力したほうが早い、ですよ」

「いえ、変わりませんよ。戦いが終わるのは、いや、終わらせられるのは聖遺物を所持している、私だけだから」


「なるほど、一理ある。だが、同時に間違ってもいる」


「なに?」


 遠くで、緋糸につかまり、ヘラヘラ笑いながら体を真っ二つにされる悪魔へ、指をさす。


「あの悪魔に限った話じゃないと思うが、あいつらは時間で帰る。召喚されてからそう長くは現界しない。魔導書で試したから知っているんだ」


「ほう、ゴルゴンドーラ先生も悪魔に興味があったとは。にして、もう時間がないと? 忙しいことですね。こっちは長らく待っていたのだから、もうすこしサンドバックになってくれても良いものですけど」


 杖をおろし、懐から悪性を断つ聖槍を取りだした。


「エルコタの聖杭せいくい、下級聖遺物ですが、悪魔を滅殺するにはこと足ります。まぁ、殺すなんてないんですが……とにかく、悪魔を拘束することを手伝ってほしいです」


「ああ、いいだろう」


 目の下のクマをこすり、パティオは片手間に杖をふった。


 すると何処からともなく、地面から金属の鎖が飛びだして、緋糸に腕を飛ばされる悪魔へと食らいついていく。


「悪魔はこの世界に法則ではなく、第三世界法則にしたがって生きている。ここでどれだけ斬り刻もうと、意味がないんですよ」


 太い鎖が連続的、かつ変則的な軌道で撃ちだされていくが、悪魔はバラバラになっていた体を一対に戻しながら、たたら踏むステップでもって優雅な回避を披露する。


 まるで、タップダンスでも踊っているような、こちらをナメくさった回避に、パティオの眉がピクリと痙攣。


 ふむ、しかし、規則的な動き、これなら。


「はい、≪風打ふうだ≫」


「ぐぶへぇ!?」


 悪魔の頭が、弾かれる。

 下方から打ち上げられ、生まれるは待望の隙。


「点では意味がない。線の攻撃でありませぬと」


 よろめいていた、悪魔の動きがピタリと止まった。


 いいや、緋い線が空中に張り巡らされている。悪魔の体を地面を建物、瓦礫の山に固定したとな。


 いままでよりも、線がはっきり見える。

 切断力よりも、拘束力を考慮して糸の太さを変えたのか。


「これで、おしまいでぁ、ぁ、ヒヒ……っ!」


 動かなくなった悪魔の体を、瓦礫の惨劇から生える触手のような鎖たちが絡めとっていく。


 やがて、悪魔は指一本動かせないほど、鎖に巻かれたミノムシに仕上がってしまった。


「存外にあっけない最後でしたな」


「……今までなら、苦なく避けていただろう魔法を食らっていた。余力が尽きたのか」


 聖杭が悪鬼に終わりを教えようとちかづく。


 待ちわびたように、うすら笑い、腹を抱えてパティオは枯れた声で喋りはじめる。


「ああ゛! 私も、ようやく追いつく! 私もやっとここまで来た……人の身では行けなくても、必ずそこに至って見せよう!」


「……パティオ、あんたは、一体何のために悪魔を滅ぼそうっていうんだ?」


 恍惚とした表情で瓦礫の橋をこえていく、その背中に問いかける。


 エゴスは糸を周囲のオブジェクトに固定しおえ、遠目に、こちらへ注意をそそいでいる。


 いつでもイケる、そんな老人の眼光にひとつうなづいて押し留める。


「何のため、何のためか。……私はね、昔、天使を見たことがあるんだ」


「……?」


 パティオ立ちどまり、空を見あげて言う。


「その美しさに憧れた。月に住み、ちっぽけな星たちを寄せつけない絢爛けんらんの永遠、けれど、隔絶された格の溝は、けして、けして、

 そこに橋をかけてはくれない。いや、かけれない。悪魔にならなければ、この気持ちはおさまらず、ずっと、永久に虐げられたまま私は生きることになる」


 彼は息を長く吸い、ふたたび歩きだした。


 悪魔の目のまえで、立ちどまり、スッと聖杭を振りあげる。


「儀式は完了したーー」


 聖杭が鎖のミノムシに突き立てられる。

 数十センチにおよぶ、鋭利な先端が喜びながらいっそうの輝きをはなちーー。


「ーー勝手がすぎるわね」


「っ!」


 大気を震わせ、反響する厳格な声が響きわたる。


 同時に、鋭い殺気がパティオへ襲いかかった。


「邪魔するなァア゛ッ!」


 だが、彼はすんでんのところで、横っ飛びに転げると、空から飛来した複数の黒杭を回避しきった。


 注意に弾かれ、天を仰ぎ見るとーーそこには、ひとりの蒼髪をたずさえた魔術師がいた。


「あらあら、久しいわね、エゴスにサリィ。元気にしていたかしら?」


「奥様!」

「プラクティカ様……っ」

「ヒッ、悪魔の傀儡め……面白い……」


 反応は三者三様。

 降りてくる蒼い少女への対応は、一律に最大の警戒だった。

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