第118話 導く男

 

 王都ローレシアは、かつての古代都市国家がゆっくりと形を変えて、今日の姿になったと言われている。


 街のなかには、時間に取り残され、かつての文明の息吹色濃く感じれる、石造遺跡があることも少なくはない。


「大学生時代の専門は古典魔術だったんですよ。だから、塾を開くならやっぱり、この名残りの中こそがいいかと思って、大金つかった、この家兼塾を買ったんです」


「いい教室ですね、ここは」


 パティオとふたり、内装の整えられた遺跡教室に足を踏みいれる。


 人気のない古典魔術を専攻。

 そして、教室も趣味全開。


 教官時代から思っていたが、なかなかに変わった男なんだよな、このパティオって。

 どことなく、浮世離れしているのだが、その割には周囲の面倒見がよい。


 本当に不思議な男だ。


「内弟子は、皆、裏にいます」


 彼について行くと、塾と併設された建物に到着、

 なかにはいると、ドタドタと足音をたてて、話に聞く小さい影ーー内弟子とやらがむかえてくれた。


「先生、お帰りなさ……っ、そちらの方はもしかして、もしかして……魔術師サラモンド・ゴルゴンドーラさんですか?」


 おや、俺のことを知っているのか。


 俺の髪色が、瞳色か。

 どちらかわからないが、驚愕に目を開くのは、その小さい……いや、幼い……もっと言えばロリロリしい少女だ。


 なんて可愛らしい風態なのか。


 袖のない上下から伸びる柔らかそうな四肢と、魅惑的で成長性にあふれた神聖やどる未発達具合。


 紫色の髪の毛に、明らかにデカすぎるぶかぶか魔女ハット……ん、まてよ、あれ、この子どこかで見たような。


「お久しぶりですね、サラモンド・ゴルゴンドーラ。以前あったのはだいぶ前だったので覚えていませんか? それなりに印象的な出会いだったと思うのですけど……」


 なんだか、じんわりと思い出してきた。


「もしかして、クルクマか? 紅のポルタを狩りに来た時、可愛いロリっ子がいたのは覚えてるがーー」


「なんです、その認識は!?」


 ティナはそう言い、頬を染めて気恥ずかしそうに、魔女帽子を深くかぶった。


 思いもよらぬところで再会とは。

 やはり、俺の幼女運ラックは最強か。




 ⌛︎⌛︎⌛︎



 翌日、昼。


 執事室のエゴスから一枚の羊皮紙を渡される。


 この街の地図に、建物の名称など記され、そのいくつかにチェックがうってある。


「昨晩、念のために奥様の魔術工房のいくつかを見て回ったのですが、どこにも奥様の姿を見つけることが、出来ませんでした」


「そうですか……それは残念です」


 地図から目を離し、エゴスの顔を見る。


 昨晩はパティオの塾前でわかれ、捜査をいったんやめたのだが、どうやらエゴスの方、あの程度で諦めてはいなかったらしい。


「エゴスさん、実を言うと昨晩、パティオ先生に人探しの相談をしたんですけど、どうやら彼の行使可能な魔法のなかに、役にたつ便利なものがあると聞けたんです」


「おお、なんと……! 人探しの魔術、追跡魔法ですか。実に興味深いですな。

 では、本日はまずパティオ殿のご自宅を訪ねてみるのが、良いかも知れませぬな」


 エゴスに消沈モードから一転して、目を輝かせてそう言った。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



「いらっしゃいませです。ゴルゴンドーラさんにエゴスさん、先生はおくにいらっしゃいます」


「うんうん、来客の対応もできるのか〜えらいね〜!」


 玄関で迎えてくれた幼女成分の権化から、禁断症状をおさえるためのロリロニウムを摂取。

 手のひらから伝わる柔らかい髪の毛の心地に、心の闇がはらわれていく。


「やめるですぅ! ていや!」

「ッ! 痛ぃ、痛い痛い……ッ!」


 杖の先端で腹を刺され、冗談で済まされない凶暴にうち震える。


 でも、可愛いから許そう。


「私はエルフ、これでも100歳なのです! ずっと歳上なのです! 子どもじゃないんですよ、ゴルゴンドーラさん! 

 助けてもらったり、国を救ってもらったり、いろいろ恩はありますが、

 そんな大切な恩を自分から腐らせたくなるようなこと、しないでくださいです!」

「痛いです、痛いです。ご、ごめんなさい、いや、ほんと、返す言葉もありませんから」


 杖による刺突攻撃を、やんわりやめさせる。


「わかればいいんです、わかれば。さ、いきますよ、変態さん」


「変態……? いや、その呼び方ーー」


 なんというご褒美でしょうか。


 肩をすくめるエゴスとともに、喜色満面、ティナの尖った耳を追いかける。ぺろぺろ。


「ところで昨日はパティオ先生がいたから聞けなかったんだけど、なんでポルタ級冒険者のティナちゃんが、内弟子なんてしてるんだい?」


 長くない廊下を歩きながらたずねる。


「全部、変態さんのせいなのですよ」

「俺のせい?」

「先生は昔から、私の先生なのです。あなたの超級魔法を目の当たりにしてから、魔術師として冒険ごっこしてる場合じゃないと思ったのです」


 あの≪風打ふうだ≫が原因か。

 わざとじゃないとは言え、パーティ解散させてしまっていたのか……。


「それに、私には長い時間があるので、先生の意思を、後世まで伝えてあげないといけないですしね」


「ん、パティオ先生の意思? それって……」


 ーーコンコン


「先生、失礼します」


 ティナは扉をノックして、返事をまたずになかへと入室していく。


 エゴスを先に通して、彼に続いてなかへ入る。


「お待ちしてました、ゴルゴンドーラ先生に、エゴス殿」


「ここは、魔術工房ですか」


 パールトン邸の俺の魔術工房よりかははるかに小さい。


 だが、美品の整頓の行き届いていて、豊潤な魔力の香りと幾星霜にもわたって施行された、みえぬ魔法の痕跡が俺の感覚をここちよくくすぐってくれる。


 髪の毛の毛先、ふわり浮くのをおさえて、立派な魔術工房に敬意をはらう。


「では、先生、私はこれで」


「いいや、ティナも工房のなかで見ていくといい。きっと世紀の瞬間になるからね」


「そんなおおげさな……いえ、わかりました、先生」


 退出しようとするティナをとどめ、パティオは短杖をひょいとふって、部屋のなかの魔術教本やら、散らばった羊皮紙の資料を片付けていく。


「これでだいたい片付いたかな。おや、すんすん……ん、エゴス殿、ちょっとよろしいですか?」

「どうしましたかな?」

「ああ、大したことではないのですが……すこし気になりまして」


 散らばった床がだんだんと片付いていくなか、部屋の隅へいき、ティナの横へ。

 ローブをイスにかけるパティオは、鼻を鳴らし、エゴスに寄ると、首もとに顔を近づけて、今度は深く、ながく息を吸いこんでいく。


 エゴスは表情ひとつ変えないまま、にこやかに微笑むだけ。


「あぁ……なるほど、そういうことですか」


「パティオ殿、大丈夫ですかな? 足もとの魔法陣を使われるようですが、このエゴスになにか不都合でも?」


 エゴスはやや心配そうに眉をよせてたずねる。

 魔法の発動に、怪物である自身が、余計な影響を与えることを危惧しているのかもしれない。


 なにせ彼は生きる魔力触媒。

 指を鳴らすだけで、人間には不可能な手段で魔法をつかえる身勝手な魔術師エゴスなんだから。


「あぁ、まったく問題ないです。むしろ、好都合と言いますか……いえ、何はともあれ始めましょうか。ゴルゴンドーラ先生、エゴス殿、すこし手伝っていただけますか? これから行う……そう、追跡魔術には、術者が、対象の人物をよく知っていないといけないんです」


「ふむ、わたくしたちの記憶をかりて、魔法の精度をあげるのですね。いいでしょう、このエゴス喜んで協力しますとも」


 エゴスと並んで、露わになった床の魔法陣のうえに手をおしあてる。


 古い傷によって、床に刻まれた魔法陣だ。


 鈍い刃で傷つけたであろう傷は、魔法儀式用の特殊な魔道具をもちいてつけたのだろう。


 見ればみるほど、立派な工房だ。

 一体どれほど昔から、ここで研究を続けてきたのか……。


「では、そのまま手を離さないようにお願いします」


 ほほう、まさか手を乗せるだけで魔法に参加できるとは。どんな式を組めばそんなことがーー。


「……っ」


 石床に刻まれた魔法陣をぼーっと眺めていると、おかしな既視感が脳裏をよぎった。


 魔法陣の構造に見覚えがある。

 緻密に計算されつくした、隙間ひとつ無駄にしない芸術的な作品、天才の存在証明ともいえる、画期的な、あえてひとつの魔法陣で完成させないことで、重ね掛けの連結を可能にしたデザイン。


 俺は額を玉のような汗がしたたるのを、否定しながら、おそるおそる、天井を見あげる。


 そんなはずがない。


 そう否定できたらどれだけよかったか。


 垂直上に重なりあった天の魔法陣と、床の魔法陣。


 それは奇しくも、魔法陣の描かれた魔導書ーーそう、例えば悪魔を召喚するための怪本かいしょを閉じた時とおなじ陣の配置をとっていた。


 ーーバジィンッ!


「ぐああぁ、あああ、ぁぁ、あぁあ……っ!」


 肌を焦がすような一瞬の、エネルギーの破裂に、常時展開している防御魔法が損傷する。


 視界をおおうは焼ける熱さの煙幕。それでも、目のまえで、視界からフェードアウトしそうになる黒服をがっつり掴んで怪腕の魔術でけして離さない。


 パティオ、パティオ、パティオの奴、やりやがった……ッ!


 自分の体からごっそりと、魔力がなくなっていることと、何か大切なものがなくなってしまったような、無気力感にさいなまれる。


「あぁ……これは、これは。またまた、またまた強引な召喚なことです。それで、ワタシを呼びだしたのはどちら様ですかなぁ?」


 分厚い蒸気のなか、ただずむ人影は、口を三日月のように開いてにこりと白い歯を見せてきた。


 ああ、なんていうことだ。


 パティオどうして、とか、エゴスの容態な心配だとか、ティナぢゃあんッ、とか、また会ったなクソ野郎とか、いろいろ言ってやりたい。


 だが、それよりもまずはーー。


「≪汝穿なんじうが火弾かだん≫」


 再会の挨拶だ。


 杖先から、死の形をした火炎が対象に食らいつく。


 蒸気の向こう側にあらわれた、ソイツは抵抗をする間もなく、勢いよく吹き飛んでいく。


 熱に赤く焼けた顔をおさえながら、立ちあがるエゴス。


 もはや目配せすら必要ない。

 俺は杖をひとふりして蒸気と、瓦礫をはじき飛ばし、足取りをたしかにまっすぐ歩きだした。

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