第117話 再会のパティオ

 

「まさか、本当に一瞬で帰ってきてしまうとは。このエゴス、2週間ほどの旅は覚悟していましたが……ここまで時間を短縮できるとなると、世界の物流市場が革命的に変わりそうですな」


「そうですね、もし詳細まで添えて、公の技術にしたのなら、それこそ凄まじい革命が起きるでしょうね。もっとも存在と理論だけなら、100年も昔から、すでに知る者たちには知れてるんですけど……」


「誰もやらないということは、があるわけですな」


「そのとおり」


 足元の魔法陣から視線を離し、ひとつ頷づくとエゴスは歩きだした。


 彼のあとに続き、パールトン邸の魔術工房から屋敷のなかへ。


 いつしかの戦争の帰還のときは違う。


 ここから非日常が待ち受けているのだ。


「サラモンド殿、あなたのお師匠は、具体的にどのように奥様を救えとおっしょっていたのですか?」


「ああ、そのことなんですけど、確かなことはひとつ言ってくれなかったんです。ただ、友人を救ってくれって……」


 屋敷の廊下を歩きながら、俺たちは頭をかかえた。


「あ、あれ? エゴス様に、サラモンド先生?」


 屋敷の玄関ホールへ戻ってくると、小柄なメイドが驚いた顔してこちらを見つけた。

 アヤノと仲の良い、ギリギリ俺の琴線に触れない合法的で愛らしい子だ。


「ずいぶんとお早いお帰りなのですね。ん、お嬢様とアヤノちゃんはいずこに……?」


「ああ、それなら気にしないでください。わたくしたちは例外的にこちらへ一旦戻っただけですので。それより、アテーラ、奥様は執務室にいらっしゃいますかな?」


 小柄の彼女ーーアテーラは、執事長エゴスへかしこまった様子で返答していった。

 今は屋敷にプラクティカがいないこと、俺たちが屋敷を出てから、何も異常はないことを確認しおえると、エゴスはアテーラに仕事に戻るように告げた。


「いつも通りですね。どうしますか、エゴスさん」


「そうですね、奥様がいらっしゃる可能性があるとすれば……このエゴスにはいくつかの見当があります。まずは、そこをしらみつぶしに巡ってみるのが良いでしょう」


 老執事は青い瞳を片目閉じ、指をたて窓の外をさした。


「サラモンド殿、まずは魔術大学です。あそこならば早々におかしな事にはならないと、安心できますが、相手はあのパット……いえ、死の悪魔です。油断なきようお願いいたします」


 奴の力ならゴルディモアの図書館で味わっている。


 正直言って、俺の敵ではない。


 あいつは俺のことを、簡単に殺せる、という評価を下したようだが、もし次に会ったなら、

 すぐにやつの認識が間違いであったと、わからせてやることが出来るだろう。


 俺はエゴスの憂いの忠告を、肩をすくめて受けとることにした。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーーカチッ


 時刻は22時16分。


 久しぶりのローレシア王都を歩く。


 帝国の帝都ゲオニエスや人間国の首都エールデンフォートのように大陸最先端とはいかないが、

 この街は、この街で、たしかな文明の築きと、夜に映える美しい景色を楽しめるよい街だ。


 だが、さすがに時間が時間だ。

 人影はすくなく、場違いな寂しさを感じる。


「おや、サラモンド殿、誰かあなたに手を振っているようですが」


 普及しはじめた街頭に照らされる、通りの反対側、たしかにこちらへ向かって手をふる人物がいた。


 あの男はーーそうだ、思い出した、懐かしいな。


「こんなところで見かけるとは! 奇遇ですね、救国の英雄して、智略の魔術師、殿。


「そんな呼び方やめてください、同じ魔術の指導教官じゃないですか、パティオ先生」


 かつての戦友との再会に純粋に嬉しい気持ちをおぼえる。


「おや、あなたがサラモンド殿の言っていた魔術教官のパティオ殿ですか。わたくしめはエゴスでございます」

「話には聞いていますよ……高名な戦士だったと。ご存知のとおりパティオと言います。すぐそこで塾を開講しているしがない教育者です。どうぞ、お見知り置きを」


 エゴスとパティオは、握手をかわした。

 戦争が終わって以来、ほとんど会う機会などなかったゆえに、この男とは本当に久しい。


 優秀な魔術師だったし、戦場ではかなりの功績を残したらしい。


 まぁ、俺ほどではないが。


「あのぉ……ゴルゴンドーラ先生、実はこの僕、かねてよりレトレシア魔術大学の教員を目指していたのですが、ようやく大学側からチャンスをもらえてですね、ちょうど半年くらい前から、ちょくちょく大学内に出入りしてたんですけど……気づきました? 何度か遠目に見かけはしたんですけど……」


 え……? いや、まったく気づいかなかったな。


「ふふ、えぇ、そりゃ、まぁ、なんとなく気配はしてたかなって……それより、いまは大学の帰りで?」


「……あぁ、そうです。ええ、つい先ほどまで大学にいましたね」


 パティオは顎に手をあて、思い出すように言った。


 ふむ、ちょうどいいじゃないか。


「パティオ先生、魔術大学にプラクティカ・パールトン校長はいらっしゃいましたか?」


「パールトン校長ですか? いえ、お昼頃、早めにご帰宅されてから、大学に顔を出していないようですよ」


 今日の昼か。


 黙してこちらへ首を傾けるエゴスへ、無言でうなづく。


 やはり、死の悪魔から何かしらのアクションを取られてしまっている可能性が高いと見える。


 遥か遠方、エールデンフォートでエゴスと争っている間に、もうとこか遠くへと逃げられてしまったかもしれない。


 俺は親切に教えてくれたパティオへお礼を言って、背をむけて歩きだした。


「ああ、待ってくださいよ、ゴルゴンドーラ先生。どうですか、うちの塾に顔を出していってはもらえませんか?」


「……? こんな時間に塾に生徒がいるんですか?」


 俺はおかしな感覚を得て、懐から懐中時計を取り出した。


 ーーカチッ


 時刻は22時23分。


 授業をするには、いささか遅いような気がするが……。


「……あぁ、いえ、授業はさすがに、ね。内弟子が何人かいまして、彼らにとって、ゴルゴンドーラ先生のような方と会える機会など、

 本来なら一生訪れません。だからこそ、一度の邂逅でも、一生の宝物になりえるよい影響になりえるんですよ」


「うむ……まぁ、別に構いませんが今は……」


 俺はエゴスへ顔を向ける。


「思えば、サラモンド殿、わたくしたちは、つい先ほどまでをしていたばかりでしたね。ここは焦らずにいても良いかも知れませぬぞ」


 ふむ、速攻で死の悪魔がアクションをとる前に、プラクティカに接触したかったが、昼頃の校長の早退……死の悪魔が、動いた以上、これではプラクティカの捜索は長期に渡る可能性がある。


 今すぐに焦っても仕方ないか。


「ええ、そうですね。次の時代を築く若芽たちを育てるのは、俺たち教官としの責務ですものね」


「はは、そんな硬いことは求めてはいないのですがね」


 国のために命をかけれる義理堅い男。

 なにより、ひとりの友人として、教師として、彼とその弟子の役に立てるのなら、すこしの手間など惜しむ選択肢などありはしないだろう。

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