第115話 大海完封術
「このエゴスに手心を加えるとは生温い。……サラモンド、あなたならこの私を倒せるかもしれない。ただし、本気で来なさい死にますよ」
汚れた執事服の塵を払いながら、エゴスは濡れた灰色髪を勢いよくかきあげた。
目つきは鋭く、普段のエゴスからは想像ができないほどに野性味を増している。
そこにいるのは、もはや孫娘のような少女を可愛いがる老紳士ではなく、好敵手を見つけて喜びにふるえる歴戦の戦士であった。
この人、以外とノリノリなんじゃ……。
「サラモンド殿をみくびっていました。あなたの手心がなければ、もしかしたら先ほどの一撃で終わっていたかもしれません。ただし、忠告をしましょう。あの時間に干渉する魔術、そう何度も使わないほうがいい。
エゴスはそう言うと、手を叩くように合わせて、ふたたび大きく開いた。
「忠告どうもです」
俺は肉体に高級防御を掛け直し、杖を怪腕を使用。
エゴスの拳を生身でもらえら、簡単に頭が吹き飛ぶ。
俺の魔法に耐える防御力。
そしてあの破壊力抜群の衝撃をうむ攻撃力。
間違いない、エゴスは超高位の
俺も一介の武芸者だが、剣気圧を収めるレベルにはない。怪腕で筋力補正をかけているわけだが、それでも彼に接近戦挑むのは得策ではないだろう。
厄介な存在になったな。
だが、悪いことばかりではない。
だって、エゴスが丈夫だとわかったのだから。
再開される、先ほどよりも鋭い
前髪をもっていかれながら、身をかわし、俺は両手にもった杖ですばやく魔術式を処理。
ーーパシンッ
中杖の先端が弧を描いてとんでいく。
鋭利な断面に斬られた中杖をほうり投げる。
エゴスは目を見張り、心配そうに眉間にしわを寄せた。
だが、心配ご無用、魔法が完成してる。
水属性四式魔術≪
ぐいぐいと体内の魔力を水属性に変換。
杖先から極大の圧力に押されて、途方もない量の水が溢れでてきた。
「また同じ手を……っ!」
エゴスは、効かぬ、とばかりに緋糸で一閃。
伸びる水の腕をどんどん切り裂いて、俺への攻撃を平気で通してくる。
彼と俺の間に、幾十もの水の壁を設置。
そのすべてをなんの抵抗もなく切断する緋糸を、しゃがみ、紙一重で回避する。
「これならどうダぁあ!」
エゴスは声を荒げる。
束ねた緋糸を重ねあわせて網状になった。
と、思った次の瞬間には、赤い網たち2メートル四方の俺をかこむカゴになっており、全方位から切断しにかかってきていた。
逃げ場のない、えげつない攻撃に俺は全力の魔力放出で水の生成速度を爆発的に増加させる。
俺を中心に、膝までの水位だった浅湖は、瞬きのあとには頭を水面下にしずめる湖となり、
ひと呼吸した後には、もがいてもけして水上にたどり着けない海となり、
1秒のあとには、去るものを逃さずの深き大海となっていた。
内側からの水圧の壁にはばまれ、緋糸のカゴは閉じることなく海のなかにしずみ、たるんでその仕事を果たさずに水に溶けてしまった。
鼻を刺す独特の香りをかすかに感じる。
あの糸……血で出来ている!
俺は自分の中で、ひとつの答えにたどりつき、水流のコントロールで、大海の海底ーーへと抜け出て、大きく息を吸った。
「はぁ、はぁ!」
濡れた石畳みに足をつけるや否や、俺は全身の骨格が悲鳴をあげる量の超質量を空中に持ちあげて維持する。
もはや短杖はひび割れ、崩壊までの秒読みをはじめているが、それでも俺はこれまで付き添った相棒のことを信じて、
無理やりに空に浮かんだ大海を維持しつつ、さらにその中心に向かってすすむ巨大な海流を、魔力のコントロールで生み出した。
「頼むから! はやく気絶してくれ!」
直径数百メートルにもおよぶ、浮遊大海のなかをひとりの老人がぐわんぐわんと、
もみくちゃにされて虐待されているのが、月明かりのおかげね遠目にも見えた。
やがて、水中の老人は海の中心にたどりつき、大海の水圧をその身にすべて受ける役へと昇格。
そうして、凄惨な老人虐待がはじまったと同時に、俺の短杖はついに限界を突破、半ばからへし折れて、粉々に砕け散ってしまった。
「あ」
杖が壊れた瞬間、事態は当たり前のようにおこる。
空に浮いていた大海は支えを失って、どこまでも素直に垂直落下をはじめたのだ。
俺は走り、急いで水の爆心地から避難。
遠く離れた魔力灯のうえによじ登り、海に沈みゆくエールデンフォートの街の一角を、ただ見つめるのであった。
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