第113話 エールデンフォートの夜


 流石というべき大国の通り。

 ゲオニエスに住んでいた頃を思い出す、街を往来するたくさんの都民たちの流動。


 かつてあったとされる大戦で、唯一国としての形をたもって生き残ったいにしえの国家、その街並みは古きを捨て、新しきを迎える帝国とは対照的に、伝統を大切にしている。


 それが彼らの一種のアイデンティティとなっているのだ。


 そして、この噴水もそんな伝統を重んじる者たちによって、古き建築様式を模して再現されたものらしい。


 魔力灯に照らされる静かなひと時。

 夜も深まり、もはやこんな時間に公園に来ているものなど、いやしない。


 俺は噴水の寄贈者の名前や、噴水自体の説明が書かれたプレートを、さりげなく流し読みしおえ、エゴスへと視線をむける。


 彼は空に浮かぶ3つの月を見あげて、手を後ろで組むばかりだ。


 彼も俺が切り出すのを待っているのか。


「エゴスさん、プラクティカ様のことを聞かせてもらっても?」


 エゴスは振りかえり、すぐ月を見あげると口を開いた。


「それはできません。このエゴスには奥様の多くについて語ることは叶わないのです」


「それはエゴスさんの意思ですか。それとも、なんですか?」


「……そういうものです」


 エゴスは力なく首を振った。


 確信した、エゴスには何らかの呪いが掛けられている。


 呪いというものは、果実が木から落ちるように、呪いをかけられた者にとっては、自然法則に等しい。


 俺も自身の性癖を心配されて、呪いの類いを疑い調べたことがあるのでわかるのだ。


「エゴスさん、では質問を変えます。彼とは、死の悪魔のことですか? なぜ、そのような言い方をするんですか。まるで知り合いみたいじゃないですか」


「わたくめは、彼のことも多くを語るすべも持ちません」


 エゴスは静かに答えると、今度は清潔な白手袋をはめた手のひらを合わせた。

 合わせた手のひらをゆっくりと開いていく。


 その間には、月明かりに照らされる涼しげな鮮血色が、糸をなしていた。恐ろしいほどの覇気を纏うそれからは、微量な魔力を感じ取れる。


「サラモンド殿、逃げてください。エゴスはあなたを殺さなくてはいけなくなってしまいました。いまならば、まだの外です」


 顔を左右にふってみる。


 なるほど、たしかにエゴスを中心にすごいスピードで、隠された魔力が包囲網を形成していっている」


 死の悪魔、十中八九、やつが掛けた呪いか、あるいは体を操られている。


 いいや、動ける駒としてイチゾウを使っていたことから考えれば、エゴスは何らかの理由で操れない状態、あるいは個体なのかもしれない。


 だとしたら……俺ならば、エゴスを救えるはずだ。


 アテはある。


「っ、サラモンド殿! 何をしているのですか!」


 俺は右手と左手に、それぞれ短杖と中杖を持ち、スタスタとエゴスへ近づいた。


「あなたを倒す、そして、助けます」


「無理です! わたくしはあなたよりも強い! 残念なことですが、サラモンド殿ではこのエゴスを倒せませぬ!」


 はは、ずいぶんな言いようだ。


「やってみたら、分かりますよ。どっちが強いかなんてね」


 武者震いする手で中杖をまっすぐ持ちあげた。


 速攻で決める、古典魔術≪時間歪曲じかんわいきょく≫。

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