第112話 裏切り者

 

 とんだ入学式だった、そんな言葉があちらこちらから聞こえてくる。


 図書館のなか、戦いの被害をまぬがれ、無事だった椅子にただひとり座して俺は黙々と思考を巡らせていた。


 何人もの学校関係者が、荒れ果てた図書館を見て、その痛ましい惨状に目元をふせていた。


 みんな、俺が助けてくれたのだと、一言、二言、感謝の意を述べてもいたか。


「ゴルゴンドーラさん、あなたがいなければ被害はこの程度では済まなかったかもしれない。あの邪悪な魔力、どうやら封印どころか、すぐにでも処理しなければいけない危険な本が混じっていたようですな」


「えぇ、次からは気をつけてくださいね」


 自己解決し、処理中の現場へと向かうゴルディモアの教頭へ、手をひらひらとふる。


「ゴルゴンドーラ」


「ん、ダビデか」


 全窓、全扉が開け放たれ、風通しの良くなった図書館のなかに、光を背負ってタビデがツカツカ歩いてくる。


「外が凄まじい騒ぎだ。悪魔が出たと噂になっている」


「だろうな。俺がそうやって状況を説明したんだ」


「なに……? では、本当に悪魔と戦ったのか?」


「戦った。追い払った……ってことになってるが、なんだろう、逃したと言ってもいいかもしれない。いや、あるいは俺が見逃されたのか……」


 ひとり呟く。

 答えは見えない。


 悪魔は彼女ーープラクティカのために、師匠を殺した。


 だが、師匠は友ーー彼女を助けてやれと、そう言ってたんだ。


 俺の知らない場所で、何かが起きていた。

 師匠は俺の知らない間、あの悪魔と戦い、そして、悪魔と師匠はを中心に争っていたのか?


 プラクティカ、なぜだ。

 1年と半年前、俺の師匠が謎の怪物に殺されたことを俺はあんたに話したはずだ。


 なんで、教えてくれなかった。

 師匠は、師匠は、あんたを助けるために……ーー。


「……裏切った?」


「ん、どうした、ゴルゴンドーラ」


 近くの椅子をひき、隣に腰をおろしてくるタビデの顔を見る。

 彼は不思議そうに首をかしげ「大丈夫か?」と、柄にもなく心配そうな顔をしてくれた。


「いや、なんでもない。というか、お前やっぱり、俺のこと好きだろ」

「不快なことを言うな。貴様、殺されたいか」


 俺の言葉に不機嫌になったダビデは、冷たく悪態をつき、スッと席を立つと、さっさと図書館を出て行ってしまった。


 水浸しになり、ひどく散らかった空間の奥をいちべつし、俺もまた腰をあげた。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 その日の騒動は、日が暮れるまでにエールデンフォート中に広まっていた。


 街行く人からは「ローレシアの祓魔師エクソシスト」などと、機嫌よく礼を言われるくらいだ。


 この日、午後の予定はキャンセルされた。

 もちろん国立魔法大学での騒動とのせいだ。

 

 だが、代わりに夜のゴルディモアの金持ち学生たちとのパーティは、

 はやく開催されたおかげで、比較的に早い時間に、俺たちは宿に帰ってくることができた。


「エゴスさん、すこしいいですか?」


「ええ、もちろん。こちらにお掛けになってください」


 宿のエントランスでエゴスをつかまえて、近くの談話机につく。


「プラクティカ様について、いくつか聞きたいのですが……いいですか?」


「……ほう、なるほど。やはり、図書館で会った悪魔というのはのことのようですね」


「やはり、なにか事情を知っているんですね。話してもらいますよ、全部」

 

 俺の言葉にエゴスは席を立ち、近くの窓によった。


「月が美しい夜ですな。どうですか、わたくしたち2人、散歩などに興じるのは」


 エゴスは白手袋をギュッとはめ直すと、ツカツカと宿屋の入り口へ。

 俺は瞑目し、ゆっくりと深呼吸……そうして、エゴスの後についていくことにした。

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