第110話 ポリシー


「アナタの死臭がワタシを呼び出した。それなのに、いきなりタコ殴りにされる始末、ワタシは寛容ですが、それは怒らないという意味ではないですよ」


 水面を歩みながら、ペラペラ喋り、空の両手をつかって身振り手振りのジェスチャーする悪魔。


 火属性二式魔術≪火炎弾かえんだん


 隙だらけの懐へ、ほむらの雄叫びを投じる。


 金属鉱石を溶かし穿つ火炎。


 極度的に発生した熱は、もくもくと湿気立ち込める室内を照らし、水面を焦がしながら悪魔へと着弾した。


 ほぼ同時に聞こえた、奥の物資の破裂音が、奴の体を図書館の壁に打ちつけたことを証明してくる。


「あっはは、これはこれは、実に荒っぽいです。ワタシで無ければ死んでいましたとも!」


「っ」


 壁に空いた穴から、水も蒸気も流れをもって排出されていく。

 そんな中、ひとりだけ逆方向に歩きながら、流れを無視して近づいてくる影がある。


「アナタを殺すことなど、造作もない。しかし、それはワタシのポリシーに反すること。ワタシは、あの戦場から、たくさんの死を運んだアナタの願いを聞き届けてあげたいのです」


「なに? 俺の願い?」


「ええ、そうですとも。アナタの願い、です」


 悪魔はそう言うと、俺のまえできて手を後ろで組んだ。


「悪魔に願いを言うあほうに見えるのか?」


「これは酷い偏見をお持ちだ。アクマが人間にとってネガティブな存在になるかどうかは、その者の選択次第です。これはワタシの好意、対価はすでに受け取っていますので、アナタにはワタシに願いを叶えさせる権利があると言うことです」


 対価……あの戦争での死者のことか?

 さっきから敵意を感じないと思ったが、それはどうにも、こいつが戦闘の達人であるからとか、そんな理由ではないのか。


 悪魔はなによりも契約を重んじる怪物。


 自身のポリシーとやらにも、同じだけの重きを置いているとすれば、逆に信用できるのかもしれない。


「じきにこの蒸気も晴れてしまいます。この場を見られて不都合なのは、アナタの方なのでは?」


 悪魔は壁に空いた穴を指差してそう言った。


 これは千載一遇の好機だ。


 死の悪魔本人から、師匠から何があったのかを聞きだせるんだから。


「よし、それじゃ死の悪魔、俺は願うーー」


 願いはひとつだけ。


 ひとつの質問にすべての疑問を乗せるのは難しい。


 ともすればーー。


「今この時から、未来永劫、俺の質問には簡潔に、明瞭に、迅速に、正直に答えろ」


「……ふぅむ」


 俺の願いに悪魔は顎を押さえて唸りはじめた。


「悪魔が人の願いを選ぶのか」


「いえ……やはり、そうなのか、と」


 悪魔は顔をあげて、俺の瞳をまじまじと見つめてくる。


 特徴のない人の顔を撫でつけ、悪魔は肩をすくめ、手をこちらへ差し出し主導権をわたしてくる。


 さて、では何から聞くか。

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