第89話 未知の毒


 謎の刺客たちの強襲から1時間後。


 息のつまるような重い空気のせいで、パールトン邸の一室は、墓場のような空気をまとっていた。


 前触れなく気を失った使用人たちの主人レティス、その容態を心配して皆は押し黙り、

 ベッドのうえに横たえられた少女と、そのとなりで診察に従事する、最近雇い入れたポーション薬学の学者兼錬金術師へ憂いの感情をつのらせる。


「……これは、やはり噂に聞く毒かもしれません」


 レティスの体をひたひた触り後、しばらくしてポーション学者は無念そうに告げる。


 毒とばかり聞いていたが、どうにもかなり特殊な魔法の類いだったのかもしれない。

 レティスは刃物で斬り付けられたわけでも、毒矢を仕込まれたわけでもない。

 ただ、あの場に遭遇しただけだ。


「レティスお嬢様……。学者さん、なにか直す手立てはないのですが?」


「……ない事はありません。ただし、その為には錬金術師の手を借りなくては」


「ん、学者さんも錬金術師では?」


「いえ、錬金術師のなかでも特に解毒霊薬学に精通した者でなければ、この毒を治すことは叶わない。そして、私はこのローレシア1番の解毒霊薬を作成できる錬金術師を紹介することができます」


 これは願ってもない機会。


 レティスを救える兆しが現れたことに、使用人たちの顔色もやや明るくなったようだ。


「ただ、とても癖の強い男です。素直に頼みごとを聞いてくれるとは思えません。慎重な交渉を心がけてください」


 

 ⌛︎⌛︎⌛︎



 その晩。


 ポーション学者の指示で、俺とアヤノは錬金術ショップへやってきていた。


 彼の話によると、その解毒霊薬学のエキスパートは、よくこのショップに姿をあらわすらしい。約束を取りつけて会うよりも、ここでとっ捕まえた方が早いということだ。


 レティスのポーション作りのため、もはやかなりの顔見知りとなった店員の錬金術師と、にこやかに挨拶をかわす。

 本来ならこんな気軽な挨拶したくもないし、するべきでもないが、

 レティスが病に倒れたと知れ渡れば、それだけで貴族家の権威に関わる問題に発展しかねない。


 隠密にすべてのものごとは、行われなければならない。


「ぁ、サラモンド先生、誰か来ましたよ」


 扉が開く音がして、どしどし、足音が店内に広がっていく。


「あら、ポパイ、今日も来たのね」


「んぅ〜最近の錬金術師界隈は賑やかだからんねぇ〜、病に倒れた貴族どもがこぞって足蹴にしてきた錬金術師に助けを求めてるんだぁあ〜。だから、僕も忙しいわぁけ〜」


 どこかで聞いたおかしなアクセントに、嫌な予感を抱きながら俺とアヤノはカウンターで話しこむその男へと話しかけた。


「あなたが、もしやローレシアで最も腕のたつ解毒霊薬の権威ですか……?」


 恐る恐るたずねると、その男は顔をこちらへ向けて目を見開いた。


 揺れるモヒカンが彼の心をあらわすのか、あるいは俺の内心の諦観を決めこませているのかは誰にもわからない。


ただ、ひとつ言えることは、


「お前……うっヒッヒ、そぉかぁ〜、なるほど。久しぶりだぁね〜、

 救国の英雄サラモンド・ゴルゴンドーラちゃん……と、あの時僕を殴り飛ばしてくれたメイドちゃん♪」


 かつてこの店でボコしてしまったモヒカン男は、卑猥な表情で楽しげに笑った。

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