第87話 刺客


 レトレシア魔術大学からパールトン邸まで、さしたる距離はない。

 だが、だからといってどうして安心なんて出来ようか。

 どこの誰かはわからない奴が、有力な貴族たちを物理的に潰しに行っているなかで、普段と同じ体制でいろと言うのは無理がある。


「お嬢様、このエゴスのそばを離れないようにお願いいたします」


 張り切る執事は白手袋をギュッとはめなおし、視線鋭くそういった。


「え〜サリィがいるから大丈夫なのにー」

「エゴス様、そんなに気張らなくても……」


 ぷくっと膨れるレティスと目元を押さえて諦観の意をかくさず示してくるアヤノ。


 それでも、エゴスは厚い胸を張ってするどい視線を、街いく通行人にむけていく。


 通り過ぎるだけで皆がおびえ、あまりにも変な人と歩いてるこっちまで恥ずかしい思いをすることになっている。


 このままではレティスを不遜な「候補者潰し」から守るまえに、パールトン家の名が地に落ちてしまう。


「エゴスさん、貴族家に仕えるものは優雅でなくてはいけない、そう俺に言ってくれたのは誰ですか?」


「……っ、なんとこのエゴス、お嬢様の身を案じるばかりに志を失っていたとは。なんたる未熟なのでしょうか」


 エゴスは白手袋をはめなおし、頭をふると毅然とした、されどどこか柔らかさという余裕をもった表情になった。


「おぉ あれが噂に聞くサラモンド・ゴルゴンドーラか。たしかに強そうな見た目をしている」


「実物を見るのは初めて、ですね」


 何やら俺のことを話す声が聞こえる。


 あたりを見渡すが特にこれといった人影は見当たらない。


 ん、待てよ、なぜ大通りに人がひとりもいない?

 まだ夕時、人がいなくなるには早過ぎる。


 俺は異様な空気感をようやく肌身に感じとり、自分たちが何かやばい状況におかれているのだと察した。


「どうやら、気がついたよう、ですね」

「かの魔術師でも、この反応の遅さ……なるほど、どうやら効果は本物らしい」


 再び声が聞こえたとき、今度はその発声源がたしかにわかった。杖をぬき、何もない空間へ先端をむける。


「出てこい」


 俺はたしかに感じる気配のありかに呼びかける。


 するとヌュっと空間の揺らめきが起こり、そこから2人の黒装束の影があらわれた。


「お前らが最近、レトレシアの学生を襲っている奴らか?」

「死人に教える必要があるのか」

「いや、ない、ですね」


 挑戦的な態度だ……面白い。

 

「エゴスさん、アヤノさん、下がっていてください」

 

 俺は一歩前にでて3人を背後に隠した。


「いえ、サラモンド殿はをお願いします。あの強者の2人はわたくしめにお任せあれ」


「へ?」


 エゴスはそう言い、にこやかに微笑むと白手袋を左右ギュッとはめ直してズンズン前へ。


 俺は言われるがままに、背後へと振り向くと、すぐに空間からニュッと4人の刺客が現れた。


「ほう、この爺にはわかるようだな」

「以外な、ですね」


「いえいえ、不思議なことは何もありませんとも。気付けたのはわたくしめがエゴスだから。

 そして、これからあなた方が後悔を胸に、襲う相手を間違えたからです」


 エゴスはそう言うと、両手のひらを、パンっと音をたてて合わせて左右に勢いよく開いた。


「さぁ、ゲームを始めましょうか」


 両の手の指先、そこにはいつの間にか赤く煌めく細い糸が端をかけていた。


 モノクルからのぞく左眼は肝が冷えるほどに涼しげであった。

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