第83話 人間国への切符


 レトレシア魔術大学への登校。

 ローブの下にふかふかのセーターを着込む、もこもこふわふわくんかくんかぺろぺろレティスを尊みながら、アヤノとレティスとともに通りをいく。


「あら、これはこれは奇遇ですわね。わたくしのライバルのパールトンさんではありませんの」

 

 演技がかった幼い声に、つい音速の反応を示し、角先で壁を背を預ける少女を視界にとらえる。


 なんなら本当に捕らえたいが、それは隣に控える冬仕様の茶色コートに身をつつむ青年が許してはくれまい。


「あ、ペルシャちゃん。またレティスのことを待っててくれたのー?」


「っ、あ、あんまりお馬鹿なことを言ってると、また決闘でぼこぼこにしますわよ……!」


「えー、でもこの前もここで澄ました顔して待っててくれたのじゃん!」


「ぅう……っ!」


 悪気のないレティスの言葉に赤面して縮こまるペルシャ・バリストン。

 兄の功績で、いまではローレシア内で最も力をもつ貴族の一角となったバリストン家のご令嬢なわけだが、かつての決闘が嘘に思えるほどにいまでは仲が良い。


 ペルシャちゃんクラスタと、数少ないレティスちゃんクラスタたちも、共に手をとりあっているため、

 レトレシア3年生を中心に、有力貴族の社交練習場となっていたレトレシア魔術大学には争いがめっきり起こらなくなっているのだ。


「おい、ゴルゴンドーラ、その犯罪的な眼差しをペルシャ様に向けるな」

「お前こそ、うちのレティスお嬢様を舐め回すような薄気味悪い視線を今すぐにはずせ」


 杖に手を掛けて、ロリコン野郎を牽制しつつレティスを背後にかばう。


 そう、いまのレトレシア魔術大学において、もっぱら仲が悪いのは貴族たち当人ではなく、その執事や従者だったりする。


「アヤノさん、あいつはやっぱり幼女趣味の気配がします。俺が離れたら近づいてくるかもしれないので細心の注意を払ってください」

「わかりました。いつでも杖を抜けるようにしておきますね」


「貴様ら……」

「あらあら、ダビデくんはゴルゴンドーラさんと仲がいいのね」


 頬の赤みを隠しながら、ペルシャは話題を自分の執事に放り投げると、

 レティスの手をひいて「さっ、わたくしは学校に遅れたくありませんの。行きますわよ」などと言って、ニコニコしてうちの主人を連れていってしまう。


 俺とアヤノはダビデと気まずい空気になりながら、それぞれの主人のあとを追うことにした。


 しばらく歩いても、あまりにも会話がない。


 主人たちが仲良くやっているのに、従者がこれではどうかと言うもの。


 俺は咳払いをひとつ、となりのダビデへ首を傾けーー。


「ゴルゴンドーラ」

「っ、ん、なんだ」


 同じことを考えていたのか。

 向こうから話しかけて来た。


「レティスちゃ……貴様の主人は行くのか?」

「何にだ」


 ややアウトな言葉が飛び出しそうだったが、気持ちはわかるので今回は許してやる。


「ヨルプウィスト人間国だ」

「……ぇ?」


 ダビデの呟くような小さい声に一瞬にして言葉を失う。


「ど、どういうことだ? なぜヨルプウィスト人間国が出てくる?」

「なんだ、知らないのか」


 ダビデはわざとらしいため息をつくと、チラリと茶色の瞳を品定めするように尖らせた。


「……まぁ、いい。教えてやろう。レトレシア魔術大学の主催する初の試み、『人間国研修』について」


 ちょうどヨルプウィスト人間国へむかうアテに困っていた手前、

 このダビデ、なかなかに興味深いことを言いだし始めたな。

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