第三章 継承の魔術師

第82話 秋の森

 

 白い息、乾いた空気。


 木を打てば響く静けさのなか、木の葉を踏み分ける音を、ホーホー、と舌を巻いた声が上書きする。


 あぁ、フクロウが鳴いている。


 のそっと上方へ視線を向ければ、そこには微動だにしない彫刻チックな猛禽がいた。


「サリィ、しーっ、あれはわたしが捕まえるわ……!」


 レティスはフードをばっと脱ぎ、短杖を振りあげたままこっそり歩きをはじめた。


「サラモンド先生、大丈夫でしょうか……?」


 もこもこの改良メイド服に身をつつむ、パールトン家の黒髪美麗魔術師ーーアヤノは、心配そうに杖をそっとぬいた。


「大丈夫です。レティスお嬢様は間違いなく才能があります、そして目標を達成するための努力をおしまない。必ずレティスお嬢様ならやり遂げますよ」


 アヤノの杖持つ手を上からそっと抑える。


「……手、冷たいですね」

「サラモンド先生はずいぶんと暖かいんですね」

「そりゃ≪だん≫使ってますし」

「ぇ、私には使うなって……」

「フクロウは魔感覚がありますからね。アヤノさんくらいの魔術師だと気づかれて……、痛ッーー」


 思いきり足を踏まれた。


「静かにしてください」


 口元を抑えられ、膝をくずされて腰をおる。


 背中から乗っかられる形で取り押さえられ、アヤノの白い手に塞がれることで、なんとか声をあげずに済んだ。


 ゆっくり解放されながら顔をあげてみると、ちょうどレティスがフクロウ目掛けて杖をふろうとするところだった。


「そーっと…………≪樹縛じゅばく≫!」


 レティスの元気な声に魔力が鼓動、フクロウが羽を休めていた枝を縄状のうごめく触覚にかえて、見事、飛び立つまえにフクロウを捕まえた。


「おぉ、やりましたね、レティスお嬢様」


「おめでとうございます。フクロウは脅威度こそ低いですが、捕まえるのが困難な魔物と聞いています。

 それをたったひとりでやり遂げるとは、流石です、お嬢様」


「すごいでしょーっ! ねぇー見て見てーっ!」


 木に縛られて暴れるフクロウ、レティスはその足を束ねてもって走り寄ってくる。


「これで緑ポーションの簡易錬金法の研究ができますね。レティスお嬢様が新しい手法を確立したら、もう一人前の錬金術師を名乗ることもできますよ」


「えへへ、まぁねー! わたしはサリィの一番弟子だもん!」


 捕らえたフクロウを振り回しそうになるのを、やんわりと防ぎながら俺とアヤノは帰路に着くことにした。


 パールトン家の家庭教師に従事してから、13歳になったレティスとの日々は不充実という言葉をしらない。



 ⌛︎⌛︎⌛︎


 

「お帰りなさいせ、お嬢様」


 黒服をビシッと着こなす執事ーーエゴスは、うやうやしい一礼でもって迎えてくれた。


 レティスの「見てフクロウー!」と、ぐったりしたフクロウを突きだしたのは、やや驚いたようで、不憫な目を捕まった魔物へむけていた。


 だが、すぐにエゴスはご機嫌に魔術工房へ向かうレティスの気分を害さないようニコニコしだした。


「サラモンド殿、すこし」


 呼び止められ、アヤノにひとつうなづいてレティスを任せる。


「流石にフクロウが可哀想でしたか?」

「いえ、そのことではなく……いや、まぁ羽毛が魔力触媒になるので仕方ないですが……」


 エゴスは言葉を濁しながら、咳払いして、話を仕切り直す。


「そのことではなくてですね、サラモンド殿にお願いされていたに進展がありましたので、ご報告をしようと思いまして」


 ついに来たか。


 俺はあたりを見渡して、耳を傾けた。


「わたくしめの古巣、ヨルプウィスト人間国の友人をあたったところ……『死の悪魔』なる怪物に関する書物を発見したそうです」


 エゴスは灰色の瞳に憂いを宿しながら、そう言った。

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