第80話 天才と凡人


「さぁ、ゴルゴンドーラ、殺しあおうか」


 ケプラーは大杖で床をつつき、風の魔力を直接叩きつけるように放ってくる。


 すかさず短杖を抜いて、風の幕をはることで近くのグリムたちもいっしょにカバーガードする。


 まわりから聞こえる抜剣の音。


 鞘から放たれた銀色の凶器が騎士たちの手に握られている。

 使いこまれた剣たちがにじり寄るように、陣形を作りはじめた。


「ゴルゴンドーラ……っ、これは、一体?」


 グリムは瞠目しながら背を預けてくる。


 国王代理の騎士は、焦る様子なくこちらをいちべつしてから静かに剣を抜いている。


「すみません、に気づきませんでした」


 俺は手短にグリムに事態を説明した。


 あたりを囲むのは生きた20人あまりの騎士。


 そして、その内側に10人近くいる個体……ひび割れた体から塵の筋をのばし、

 あたりにはこまかい粒子が漂わせるその者たちは皇室に伝わる古典魔術≪戦争遊戯せんそうゆうぎ≫によって、呼び出されたあの世の魂たちだ。


 死ぬまえにあらかじめ契約した魂を、死後、皇帝に受け継がれる指輪に蓄積させ、こういう非常時には魂を解放して急場をしのぐ戦力として使用する。


 警戒してはいたが、思ったよりずっと発動がはやい。


 いや、それもそうか。

 宮廷魔術師による露骨な追加詠唱があれば、はやくもなるか。


「はっは、よくやったぞ、ケプラーじい。ゴルゴンドーラをそのまま抑えておいてくれ。

 ガンディマン将軍、そとのローレシアの馬車を叩き壊せ。同行者たちは皆殺しだ」


「ははぁ! 陛下の仰せのままに!」


 生き生きとしたバルマスト帝の命令に! ガンディマン将軍は嬉しそうにかしづいた。


 さっきまで死んだように返事をしていたのに、まるで人が変わったかのようだ。それに、バルマスト帝のやつも声のトーンを変えている。


「ゴルゴンドーラ、よそ見とはいい度胸だ」


「……ケプラー、あんじゃ俺を倒せない」


「それはやってなければ、わからないという者だ。天才はやがて凡人になるというのが、世の中の常、ともすればわしが追いつける余地もあるだろう」


 ケプラー杖をひょいっと振った。


 近くの塵人間がボロボロの剣先を突きだしてくる。

 よく訓練され、鍛えあげられた精強な騎士の剣撃を、すんでんのところで見極めた。


 なるほど、塵人間たちの操作権を移しているのか。


 納得しつつ、半円を描く体さばきで剣先を回避、怪腕の力で強化されたカウンターの肘打ちを顎へと打ちこむ。


「っ、無駄のない、洗練された動きだ……っ。宮廷魔術師ゴルゴンドーラがグンタネフの武を修めているのは本当だったのか!」


 騎士のなかに驚きが波のように広がるなか、次々と襲いかかってくる塵人間たちを打ち倒していく。


 時には投げ、時には殴り、時には片手に持った杖をふって10秒足らずでグリムたちを守りきった。


「そこだ!」


 齢80近い老人の声が響く。


 接近する背後からの高速の風。


「≪反撃効果はんげきこうか≫」


 俺は背面への攻撃に、背を向けたまま杖先だけで対応。


「……ッ! ぐぶへぇあ!」


 部屋の外で、ゴンっ、と鈍い音がした後、何かが床に落ちる。


 釈然が晴れていた皇帝や将軍、そして騎士たちの顔に影がさしこむ。


 俺は背後へふりかえり、廊下に倒れる老人を指し示しながら肩をすくめた。


「それで? 次はどうします?」

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