第67話 託された思い

 

 灰の振る空のした、半身を影に染めたイチゾウへ歩みよる。


「ぁぉ、魔法屋の、旦那……ごめんなぁ……おらが、おらのこころが、弱かっただ、ぁ……死ぬのが、こわかった、だべ……ごめんなぁ、ごめんなぁ……」


 滂沱の涙で灰を湿らせながら、イチゾウはゆっくりと声を小さく、弱くしていった。


 彼はすぐに息絶えた。

 目をむいたまま動かかなくなった彼のまぶたを閉じ、俺は残る黒い液体ととも彼の遺体へと火を放った。


「おわったか……」

「ぇぇ、師匠、暗黒魔術の傀儡かいらいでしたよ」


 ゆっくり息を吐く師匠は、すこし腕をもちあげて近くに倒れこむ騎士団長を指差した。


「遺体はやいて、おけ……悪魔化あくまかするかもわからない……からな……」

「師匠、もう喋らないでください。あと歯を食いしばって、しっかり踏ん張ってくださいよ、剣を抜きますから」


 腹に深々と刺さった長剣の柄を握る。


 師匠は首をふりながら、俺の手のうえへ血糊のついた手のひらをかぶせてくる。


「あーらら、ぁ……そんなに師をいじめたいのかな、どこで教育を間違えたのか……ぐふっ……サラモンド、もういいから、ただ、さいごに、ひとつ話を……聞いて、くれ……」


「師匠、だからもうーー」


「サラモンド、頼む……」


 弱々しい言葉で俺の声を上書きし、師匠は細く息を吐きながらも、まだしゃべりろうとする。


 一歩先にせまった死を迎えることを恐れず、ただ最後の仕事を果たそうと言うのか。


「サラモンド、お前を置いていったのにはわけがある……私は、友を……救ってやらなければ、いけなかった……」


「友?」


「あぁ、だが、私は失敗したんだよ……私では彼女を救ってあげることが出来なかったんだ……だから……ーー」


「……? 師匠……? 師匠!」


 傾聴する耳へ入ってくるはずの言霊はもういなかった。


 師匠の瞳は見開かれたまま、濁り、そこに光はない。


 かつて伝説的魔術師として殿堂に名をつらねた男は、静かに眠りつつあったのだ。


「ぁぁ……これが、死、か……ぁら、らら……はは、たしかに、これは……おそろしいねぇ……」


 焦点のあっていない瞳で天を見上げ、灰が光彩をふさぐことさえ気にとめない。


 師匠はただひとこと最後に言葉をつむぐ。


「死だ……『死の悪魔』を……おま、ぇ、なら……」


 師匠の体から完全に生命の息が絶えた。


 もう動いてはくれない。

 もう何も教えてはくれない。

 もう何を語っても聞いてくれない。


 そうわかっていた。


「師匠、お疲れ様でした。あとは、任せてください」


 俺は無意識のうちに師匠の言葉に答えていた。


 視線をずらせば、灰の積もるうえに師匠の大杖だいじょうが横たわっていた。


 まるで真白い雪のように振る舞う灰たちをかき分け、俺は曲げ木の捻くれたその大杖を手にとるのだった。

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