第65話 魅入られた者

 

「おいっ! ゴルゴンドーラぁあ! オレを助けろぉお! オレは、オレはこの戦争を左右する人質だぞ、ゲオニエス帝国の皇帝なんだぞ!」


「すごし黙ってるんでよ。誰だかわかんねぇけど、こいつらじゃ小さい子どもは殺せないんだぁ」


 イチゾウはそう言うと指をひょいひょいっとあげる、妙なジェスチャーをした。


 するとすぐに地面から染み出すような形で、黒い液体があらわれた。


 もがき叫ぶバルマスト帝の体が黒い液体に飲み込まれていき、次第に人間台の黒さなぎのようになってしまった。


「ぅぅ、サラモンド、きをつけろ……ただの老人ではない……あれは邪悪に魅入られたものだ……」

「あれほど強力な魔物を複数隊使役しているとは。確かにただの老人じゃない」


 地面に寝転ぶ師匠をかばいながら、俺は杖をイチゾウへ向ける。


「イチゾウ、なんでだ。どうしてこんなことをした」


 もはや消えかけた命、刻一刻とちかづく師匠の死がおとずるれるその前に、全ての決着をつける必要がある。

 彼には世話になったが、師匠が殺せと言っているのなら、俺は当然のように師匠を信じるし、従いもする。


「……成さなきゃならんことは、成さなきゃならん。旦那、おらぁ、その男を殺すよう頼まれてんだぁ。邪魔しないでくんでぇ」


「それは無理な相談だ」


 俺は短杖たんじょうをふって、イチゾウのいる

 地面へと語りかける。


 地面からまたしてもあの液体たちーー黒の眷属が姿をあらわしはじめているのを、微細な魔力の揺れ幅から察知、すぐさま俺は土属性三式魔術≪軋轢岩摩あつれきがんま≫を心の中で唱えた。


「っ、んだ!?」


 イチゾウの足元に細いひび割れが広がり、地面がプルプルと震えるようち微振動を繰りかえす。


 イチゾウはすぐとなりの黒いさなぎと、自身を流体の黒に引かせてその場を離れた。


「イチゾウ、まだ続けるなら俺は容赦なく殺す。最後に聞くぞ、どうして俺たちを襲撃した?」


「……殺すんは、その男だけでよか。だけんど、人間の死体は造兵ぞうへいに適してるから、殺したんんだっぺ」


「そのためにアルガスを、兵士たちを殺したのか……?」


 この野郎のことを俺は勘違いしていたらしい。


 すこしとぼけてる呑気な田舎のじいさん、そんな評価はもうこの男自身の言葉で消え去った。


 あるのはクソ野郎の烙印だけだ。


「イチゾウ、残念だ、おまえとこんな事になるなんて」

「んだ。俺もだかんな、旦那よ」


 イチゾウは寂しそうに眉をひそめると、魔導書をゆっくりと開いた。


「死んでくんで……旦那ッ!」


 魔導書から引導される邪悪な魔法。


 あたりの影に潜んでいた黒い影たちが、いっせいに飛び出してきた。

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