第64話 パペットのパペット

 

 轟々と燃える、炭と灰が舞い散る真っ赤に溶けた大地。


 木々に燃え移りくすぶる炎は、さきの火炎の凄まじさをつつましく演出している。


 一面が炎に焼き尽くされた大地の端っこ。


 俺は背後へと振りかえって、眉をひそめる師匠の顔を見た。


「それで、今のはなんだったんですか。ごまかさず教えてください」


「あーらら、こんなに燃やしてしまって……いや、サラモンドならば当然か」


 師匠はパタパタと灰をかぶった頭をはたきながら、風邪を操ってあたりへと灰の飛来をしりぞける。


 皇帝を抱えるアルガスもまた剣を片手に持って警戒したまま、ゆっくりと近づいてくる。


「彼らは『黒の眷属』と呼ばれる世にも珍しい魔界の住人だ。意図的に作られた人工の触媒に魂を宿して、魔界からあの液体を五体のように使って、こちらの世界で活動している」


 また奇妙なものと関わってるなこの人は。

 失われた古典魔術集めの次は、珍しい魔物集めでもしてたのだろうか。


「あれは、師匠が連れて来たんですか?」


「残念なことに、多分そうだが……ん?」


 目元を押さえ頭痛をうったえる師匠は、ふと俺の背後へ視線を固定してかたまった。


 深い英知を宿した灰色の目が見開らかれる。


「サラモンドッッ!」

「はい、なんですか、師匠ーー」


 俺のむなぐらを掴んで信じられない力で引っ張られる。俺はたまらずに体を浮かされて師匠の背後へとぶん投げられた。


「うがっ!」


 強く背中を打ちつけて肺の空気を空っぽにさせられる。


 地面に胸部を打ちつけて2度目の痛みを迎えた俺は、痛みにたえながら顔をあげた。


 目に入ってくるのは師匠の背中。


 しかし、そのローブの中ほどからは紅く染まった鋭利な剣先が突き出ている。


「うそ、だろ……師匠……ッ!」


 今すぐ駆け寄りたいのに足元がふらつく。

 怪腕の力です投げられてしまったのだから当然か。


「あらら、ぁ……こりゃまずった……ーー」


 痛みを片目をつむって堪えて、師匠は剣を突き刺した張本人ーーアルガスの首をがっしり握る。


「お返しだ……ッ!」


 ーーゴギィッ


 わずかに魔力がほとばしった後、筋骨隆々なたくましいアルガスの体が灰のつもる地面に崩れ落ちたを


 なにが起こっているんだ?

 どうして、どうしてアルガスが師匠を襲う?


「サラモンド……さら、もんど……」


 か弱い声に俺は弾かれるように走りだす。


 膝をつき、ゆっくりと横たわる師匠のもとへ駆け寄る。


「師匠、ポーションがあります! 痛むかもしれませんが、なるべく力を入れないようにお願いしますよ!」


 ローブの内側からゴールドポーションを取り出して、フタをあける。


「サラモンド、いいんだ……たぶん、致命傷だ……」


 師匠は俺の手をうえからおさえて力なく首をふった。


 師匠のすっかり弱くなってしまった握力に、堪えられない感情の波が、場をわきまえずに溢れ出してくる。

 こぼれ落ちる涙に、地面の灰はわずかに舞いあがる。


 師匠をそんな当たり前のことわりがはらたく地面に、覇気のない視線を落としていた。


 ふと師匠が顔をもたげて口を開く。


「それより、さらもんど、あいつを、パペットを……殺してくれ……たのむ」

「……っ、パペット……」


 顔を蒼白にかえ、億劫そうにささやく師匠。

 そのかすかに動いた視線の先へ、俺はガバッと顔を向けた。


 灰色の雨から身を隠すように木の下にただすむ老人。


 皇帝をすぐとなりに立たせる、どこかで見覚えあるそのシワの多い顔へ、俺は視線を細く鋭くした。


「……まさか旦那と戦うことにとは思わかんだ。これはバチが当たったぺ」


 酷いなまりのエーデル語を話すその男。


「イチゾウ、あんたここで何してんだよ」

「……答える必要はねぇんだ、旦那」


 寂しそうな顔をする老人ーークルクマのイチゾウは、スッと手に持っていた魔導書をもちあげた。

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