第59話 囚われの身


 赤絨毯、そこそこ値打ちのしそうな絵画。


 メイドに監視されながら洗われ、着替えさせられた無地の服。


 目の前には黒髪のメイドがひとり、腰には杖が差してある。きっと魔術師だ。


「ねーねー、バールくんはどうして皇帝なのー?」

「話しかけるな。不快である」

「わたしは楽しいよー!」

「オレが……ッ、我が楽しくないと言っているのだ!」


 今さっき部屋に入ってきた女。


 話の通じない知恵遅れの相手をさせられるとは。

 

「裏切り者のゴルゴンドーラめ……っ!」


 ついつい怨嗟が漏れだした。


「ねーえー、なんでゲオニエス帝国は魔法王国をいじめるのー?」


 知恵遅れが話しかけてくる。


 ふっ、いい機会だ、ぎたんぎたんに虐めてやろう。


「それは魔法王国が弱いからだ。魔法技術を独占的に利用し、隣国である我のゲオニエスを出しぬこうとするからだ」


「えー? なんで独占したらダメなのー?」


「世の中の力関係が崩れる。それは人間社会前文に波及する避けるべき事態だ。

 このセントラ大陸は東の帝国、西の人間国という2つの力が釣りあっているから、平穏というなの均衡を作れているのだ」


「えー、でも帝国は戦争はじめたよー?」


「だから、言ってるだろう。魔法王国が力のバランスを壊し、世界を混乱におとしいれようとしているからだ。我らゲオニエスは平和の使者なのだ」


「魔導書がなんとかって言ってなかったってけー?」


「……それも理由のひとつだ。おまえたちローレシアは魔法技術の独占だけでなく、

 他国の機密にまで手を出した。これを許したら魔法王国は助長して、きっと遠くない未来に世界の平和を乱しにくるに違いない」


「えー、でもゲオニエス帝国は今、平和を乱してるよー?」


「っ、ふっ、わからん知恵遅れめ。これだから愚かの子はーー」


 ああ言ったら、こう言う。

 こう言ったら、ああ言う。


 そうさ、ゲオニエス帝国の戦争に真なる正統性などありはしない。

 そんなこと戦争をはじめたオレが一番よくわかっている。


 そうさ、んなことわかってんだよ、クソガキめ。

 オレを誰だと思ってるんだ、帝国の皇帝バルマスト・ブラッグストンだぞ。


 だが、それにしても今にして思えば、やはり無理やりな戦争だったかもしれないな。

 こんな知恵遅れのガキひとり言いくるめられないとは……いや、世の戦争などだいたいそんなものか。


 戦争の理由。


 そんなもの決まっている。


 戦争が好きだからに決まっている。


 これはブラッグストンの血統、支配者の血に刻まれたいにしえよりの原始的欲求なのだ。


「おまえなぞには分かるまい」

「あーあ、つまんないわー。サリィのとこ行こーとっ!」


 知恵遅れの女が立ちあがり、扉へと駆けていく。


 ーーガチャ


 その時、扉が外側から開かれた。


 嬉しそうにする女を持ちあげて、青紫髪の魔力を擬人化したような男ーーサラモンド・ゴルゴンドーラが歩み寄ってくる。


 その背後に続くのは、筋肉たくましき中年、そして数人の兵士と思われる帯剣したものたち。


「ほぉ、さすがは3ヶ月で1万人の魔術師をつくりあげた男だ。本人の実力はもはや人の知る領域ではないと言うことか」

「褒めすぎですよ。それよりはやく、これ持っていってください。レティスお嬢様に害しか与えないので」


 知恵遅れをかかえるゴルゴンドーラはオレを指差し、見下ろしてきながらそう言った。


「ゲオニエス帝国皇帝、バルマスト・ブラッグストン、ご同行してもらいます」

「ふん、いいだろう……今は、我は言うことを聞いておいてやる、ローレシアのものどもよ」


 クソカスどもめ、勝ち誇りやがって。

 必ずここから逃れて、この国を滅ぼしてやる。

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