第53話 防御魔法陣……改

 

 ーーカチッ


 時刻は11時27分。


 帝国魔法省、そのザラな警備だけで安心しきった機密施設への侵入は、元宮廷魔術師の俺にとって記憶さぐるゲームでしかない。


「≪術式暴じゅつしきあばき≫」


 魔法省裏手に生い茂る草木のなかにひとり隠れながら、中杖の先端をだして魔法をとなえる。


 複数の魔術式にそって張り巡らせた魔法を検知。


 見覚えのある配置……というか、俺がかつて設計した防衛魔法群だ。


「変わってない。問題はないな」


 中杖をしまい、短杖へ持ちかえる。


 かつては鉄壁と思っていた大小24の魔法がかけられた、魔法省の最外壁、そのさらに外側に広がる原っぱを睨みつける。


 いざ突破する側となると、少々骨の折れる構築だ。


 下手するとあたり一帯が蒸発しかねないので、慎重な攻略がもとめられる。


「まず一歩」


 記憶を頼りに草木のなかから記念すべき第一歩を踏みだす。


 何も起こらない、セーフだ。


 遠くの城壁上にたっている監視からも、しっかり俺の姿は見えていない。


 古典魔術≪希薄きはく≫。


 広義には透明になれる魔法。

 狭義には存在密度を薄める魔法を使うことで、真昼間の魔法トラップだらけの原っぱに突っ立っていても、気配をさとられないようにしているのだ。


 俺はあごに手を添えながら、記憶を思いだしつつ、一歩、また一歩と原っぱをを踏みしめていった。


 やがて、裏手の雑木林から防御魔法群に役目を果たさせることなく、俺は魔法省最外壁にたどり着いた。


 古典魔術≪怪腕かいわん≫。


 短杖を口にくわえて、筋力を底上げしつつ、外壁のわずかなへこみや、風化した箇所に指をかけて垂直に壁をのぼっていく。


「ぐっしょぉ……なゃかにまぼじぃんあればなぁ……」


 諸々の格闘技能は修めているが、俺は体育会系ではないのであまり汗はかきたくないのだ。


「あーあ、はやく戦争おわらねぇかなぁ〜。こんな誰もこない場所を警備してたって退屈なだけだよなぁ」

「いいじゃないか、楽で。それに、宮廷魔術師のサラモンド・ゴルゴンドーラ様がお作りになられた誰も突破できない究極の防御魔法群だ。

 ある意味、この外壁が世界で一番安全な場所やもしれぬ。ローレシアが巻きかえして来ても、ここなら心配なく監視の番もつとまるじゃないか」


 外壁をのぼっていると話し声がだんだんと大きくなって来た。

 どうやら魔法省の警備でさえ、末端のものとなると内情を把握できていないらしい。


 外壁を登りきって、一息をつく。


 額にかいた汗を黒ローブの袖でぬぐう……ふと、視線を感じることに気がつき、俺は視線をよこへズラした。


 大杖を片手に、こちらを見つめる4つの瞳。


 おかしいな、彼らには見えていないはずだが。


「ぁ、」

「……ゴルゴンドーラ、様?」

「っ」


 名前を呼ばれて肝を冷やす。


 俺は自分の手元を見下ろして気がついた。

 自分の古典魔術の効果がすでにきれていることに。

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