第36話 ご無沙汰
「レティス、捨てられちゃうかもと思ったわ……」
しょんぽりして寂しそうなレティスは、瞳をうるませてそう言った。
「そんなことしませんよ、レティスお嬢様。俺は絶対にレティスお嬢様の側から離れません。だから、安心してください」
ろりろりろりろり。
くんかくんかくんかくんか。
べろぺろべろぺろべろぺろべろぺろ。
「では、いきましょうか」
「うん!」
圧倒的な煩悩を隠しながら、レティスと手を繋いで、つとめて普通の人間のふりして街をあるく。
「ふっ、街灯すらないとは、発展途上の下等な国家だ」
悪態をつきながら、ポケットに手を突っ込み、通りを観察するように首をまわす老齢の男。
「ほんとうです、ほんとうです。この程度の国家ならもはや我々の相手ではありませんな。
魔術の知識の盗人どもなぞ、もはや相手にすらならないでしょう。
それに魔法王国といえど、まだまだその普及率は低い。どうせ、この都市だけですよ、見栄えがいいのは」
「アーケストレスの尻を追うだけしか能のない三流国家。さっさと滅してしまいましょうか!」
なにやら物騒なことを話す集団が正面から近づいてきた。
道はそれほど広くなく、避けようにも、避けられそうにはない。
「おや、その顔……もしや、ゴルゴンドーラではないか?」
「ッ、ほんとうだ、貴様、裏切り者のゴルゴンドーラではないか!」
「これはこれは……帝国魔法省の長老どの、お久しぶりですね」
俺は落胆に肩を落として、かるく会釈した。
遠くからひと目見てすぐ気がついたが、やはり黙ってやり過ごすには、俺は彼らに顔を覚えられすぎてしまっているな。
「サリィ、この人たちだーれ? サリィのお友達ー?」
「む、その青髪、顔だち……もしやレトレシア魔術大学校長プラクティカ・パールトンの子か……?」
魔法省の老獪のひとりが、さっそくレティスの正体に勘づいた。
面倒なことにならなければいいのだが……。
「そうよー! レティスはお母さまの自慢の娘なのよー! すっごく強い魔法だって使えるんだからー!」
「なんだこの娘は。あまり頭が良くなさそうだな。ほっほっほ、ゴルゴンドーラ、
我々を盛大にコケにして亡命したわりには、こんなアホのお守りをしていたとはの。これはいい土産話ができたわ!」
「っ、レティスのことアホって言った!? このおじいちゃん許さないわーッ!」
「レティスお嬢様、落ち着いてください」
飛びかかるレティスを羽交い締めにしておさえる。
相手はあくまでも、大陸で最大の発展をむかえている超大国ゲオニエスの魔法省の
あの時はタイミングが、タイミングだったから調子乗っても流されたが、
さすがに今ここで何か不祥事を起こすのは国家間的にも、パールトン家的にもよいことではない。
「レティスお嬢様の真なる価値は、その内面にございます。軽率な発言はひかえるようお願い申しあげます」
「けっ、ゴルゴンドーラのわりに、しっかりと立場はわかっているようだ。母親の知性を継げなかったアホの娘をしっかりしつけておけ」
腹が煮えくりそうだ。
もがくレティスを解放して、しわだらけの顔をズタズタにしてやりたい気分である。
「ふぅ、落ち着け、俺……ところで、長老方、どうしてローレシアの王都にいらしたのですか? 帝国の要とも言えるあなた方が、ただの散歩しているとは思えません」
適当におべんちゃらを言いつつ、帝国から遠く離れたこんなところをほっつき歩いてる理由を尋ねる。
「ほっほっほ、それは言えんな。貴様なぞもはや国と国とを繋ぐ立場にないのだ。元宮廷魔術師どの、無用な詮索はよしていただこうかの」
魔法省の長老たちは、高らかに笑いながら去っていった。
「あのおじいちゃんたち許さないー! まてー!」
「ふぅ……バレずに盗めた」
古典魔術≪
適当な会話で気を紛らわせているうちに、長老のローブのふくらみから瞬間移動させることで手に入れた、羊皮紙の紙束ーー
され、それでは拝見しようか。
帝国魔法省がなにしにローレシアに来たのかを。
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