第30話 魔術体系と属性魔力

 

「ええ、これらの種火たちはみな魔術によって作られたものですね、ええ。きみ、いったいどの属性を用いているか答えてみなさい」


 老教師はちかくの生徒を杖で指ししめす。


「火属性でーす」

「素晴らしい、そのとおりですね、ええ。ただし、この三つの火の玉のなかに、ひとつだけ火の属性魔力を使ってないものがありますね、どれですか?」


 老教師はこんどは別の生徒を指す。


「いちばん左、古典魔術によって作られた火の玉です」

「素晴らしい、鋭い『魔感覚』ですね」


 老教師はそういうと、杖を教卓においてチョークを手にとった。


 火は浮いたまま、固定された松明の日のごとく揺らめく。


「ええ、魔力があれば魔術の現象はおこせます、えぇ、水の属性魔力でも、

 炎をおこすことが現代魔術ならできます。効率は極めて悪いのでオススメはしませんが、えぇ」


 黒板へ複数の図を完成させながら、教師はつづける。


「では、近代魔術ではどうか、えぇ? 残念ながら、近代魔術の領域では、まだ属性魔力の流用は出来ませんでした。

 それでは、古典魔術はどうでしょうか? ええ、古典魔術にもそれはできません。なぜなら、この魔術が使われていた時代、

 新暦1990年初頭から2100年頃までの間、人間は属性魔力をもっていませんでしたから、ええ」


「それではどうやって魔法を使っていたんですか?」


 鋭い質問。


 現代では世界には、いろいろな魔力がある事が知られている。


 そのなかでも魔術師にもっとも身近なのが、現代魔術である「四大属性式魔術」ーー通称・式魔術しきまじゅつで多用する「属性魔力」たちだろう。


 火属性、水属性、風属性、土属性の四つそれぞれの魔力が、たいおうする属性式魔術の発動を可能にする。

 老教師言ったとおり、別属性でも使うことは可能だが……やはりオススメはしない。違う色の魔力を併用へいようすることを想定して設計されていないからだ。


「よい質問だね、えぇ。きみのそれは『属性魔力がなければ人は魔法が使えないのではないか?』という質問に聞こえる」


 老教師はゆっくりと壇上をおりながら、席間の通路を歩きはじめる。


「そんなことはないよ、えぇ。人は属性魔力でなくても魔法を使える。

 現代にもその名残りとして『四大属性式魔術』のなかに5つ目の属性が存在している……それが皆の苦手とする魔力属性と呼ばれるものだね、ええ」


 喋りながら一定の速度で歩いていた老教師は、俺のちかくにきてピタリと止まった。


「属性魔力は、あくまで人間が魔術を使いやすくするために考案された概念、

 それゆえに先人の魔術師たちはあまりにも難解で使用者の少なかった古典魔術を、属性別に魔法を整理して発展させた。

 つい50年前から使われるようになった式魔術も、本質はおなじですね。より簡単にして、使用者をなるべく選ばない魔術体系をつくろうとした。

 現代魔術は人の歩んだ1000年の集大成といえるでしょうね」


「ほっほ、ずいぶんと詳しい、もうきみに教師を変わってもらってもいいくらいだ、ええ、とてもよく勉強しているね」


 老教師はメガネをかけ直しながら、好奇の視線でジッと見おろしてくる。


 俺は隣のレティスを指し示し、わずかに頭をさげた。


「すべて、レティスお嬢様のおかげです」


「えっへん、レティスはすごいのよっ!」


 薄い胸をはるレティス。

 爛々と青い瞳を輝かせている。可愛い。


 うちのレティスを見た老教師は、ただ嬉しそうにうなづくばかりだった。




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 〜 用語解説 〜


 ・「魔感覚まかんかく

 魔力の流れを感じる感覚。

 魔法の発動、現象の発生などを敏感に、そして直感的に予見することもできる。

 本人の努力次第で伸ばすことができる。

 魔感覚がするどいと複雑な魔力の流れを、論理的に処理できるようになるため、より高等な魔術を扱えるようになる。

 人類のほぼすべてが少なからず身につけている、例外もあるが……。

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