第29話 はじめての授業


 いさましい狼、雄叫びあげる竜ーーおぞましい魔法生物たちの彫刻が、ずらりと外壁にならぶ灰色の城。


 石レンガを縦横無尽に積み立てたような、堅牢な無骨さをもちながら、いくつもの巨塔が敷地に立ちならぶ様は、

 さながら国境付近の、城砦じょうさいにでも来てしまったのかと錯覚を覚えるほどだ。


 ひろすぎる敷地の多くは、秋に枯れた茶色い芝たちが敷き詰められている。

 遠くに噴水のようなものが見えるのを考えると、いまいる正門から見えない位置にも、多くの建築物があるのだろう。


 魔法研究の最前線にして、魔法王国の誇りの牙城。


 なんと立派な学び舎なのだろうか。

 

 見上げる高さの玄関ホール、吹き抜けとなっている上階からは、朝早い生徒たちが優越感にひたりながら見下ろしてくる。


 ただ、それにしても、


「レティスお嬢様、ずいぶんと注目されてるみたいですが」

「わたしが校長の娘なのみんな知ってるし、いなくなったのも知ってるもん」


 不貞腐れたふうにそう言うと、レティスはローブを翻し歩いていってしまう。


 玄関ホールに続々と入ってくる生徒たちを見渡す。


 皆が皆、身なりがよい者ばかりだ。

 魔法学校が本来貴族のものなのは知っていたが、時代の流れともに、庶民にもとっくに普及しているものと思っていた。


 だが、見たところこの学校はほとんどが貴族、あるいはそれに準ずる金持ちの子息……やはり、まだまだ魔法は人類全体の共有財産とはいいがたいものだ。

 

 そうそう魔法を知識を、よりおおくの人間たちにひらき、普及させなければいけないな。


 人は……今のままではあまりにも弱すぎる。



 ⌛︎⌛︎⌛︎


 

 はじめての授業は「魔法言語論」


 年齢も性別もバラバラの金持ちたちが、一同に講義室を埋め尽くし、教師の言葉に傾聴する。


 特に目をひくのは、極めて高価な魔術の教本を、生徒たちが一冊ずつ持っている光景。

 そして、重厚な表紙、十分な厚み、書かれている内容もゲオニエスの魔法学校のものより良質なこと。


 帝国魔法省の主導していたものとレベルが違いすぎる。


「これが魔法王国の魔法教育か……遅かれ早かれあの国は終わってたかもしれないな……」

「ん、どうしたの、サリィ?」

「……ぁぁ、いえ、なんでもないです。授業に集中してください」


 自由席の講義室の中央へ、レティスのほっぺを押して視線を矯正しておく。

 本人はやや不満そうだが、黒板へ視線をむけてくれた。


「サリィだって、ちゃんと勉強しないとだめなんだから、さっきからぼーっとしてるわ」


 レティスの言葉に考えを改めてみることにする。


「ええ、このように現代魔術の体系にいたるまでには、魔術の体系は時代とともに変化してきたわけですな。ええ、大きくわけて3つの時代を経ていると考えるのが、現代の主流となっているのですな、ええ……では、パールトンくん、3つ答えてみなさい、古い時代の魔術体系からですよ、ええ」


「はい! 古典魔術、近代魔術、現代魔術ですっ!」


「素晴らしいです、よく勉強していますね、ええ」


 教本片手に、メガネをかけ直すおじいちゃん教師は優しくほほえんだ。

 レティスはこちらを見て誇らしそうに鼻を鳴らしている。


「ええ、ここからはそれぞれ時代の魔術の特徴をふまえて、実際に使っていってみましょう、ええ」


 そう言い、老齢の教師はゆったりと杖をぬく。

 彼は古典魔術、近代魔術、現代魔術のそれぞれの技法で小さな炎をつくりだすと、それをみなに見やすいよう空中にうかべ、床と水平にならべた。

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