第16話 置き手紙

 

 目をおおう光、キーンッと響くいやな耳鳴り。


「う、なんか耳がじんじんするー」

「レティスお嬢様、気分は大丈夫ですか? めまいと耳鳴り以外に、なにか感じたらすぐに言ってください」

「うん、だいじょうぶそー、耳が、じんじんしてるけどー」

「サラモンド先生、あんまり高等魔術を見せつけないでください。私も耳が痛いです」


 肩においていた手を振りほどき、アヤノは両耳を押さえて、ふにふにしだす。


「サリィ、ここはどこー?」

「レティスお嬢様、ここはクルクマの町の近くにある、エレアラント森林ですよ。俺の師匠がここに転移先を作ってたの覚えてたんで、使ってみたんです。大成功ですよ、これは」

「サラモンド先生、ここから外に出られるようですが、開けても平気ですか?」


 アヤノへオーケーをだして、カビ臭い転移室を出る。


 部屋の外は薄暗く、ほとんど視界の効かない闇路となっていた。


「さすがに魔力灯は生きてないか……≪ひかりあれ≫」


 ステッキサイズの魔法杖である中杖のさきに、明かりを灯し、松明のように掲げてもつ。


 アヤノは短杖のさきに≪≫を灯して、明かりとし、ロングスカートから頭だけだすレティスを気づかいながら、ついて来てくれる。


「ここから外です。そこまで森の深くではないですから、魔物はいないと思いますけど、一応油断しないようについて来てください」


 上部についた四角いハッチ扉を押しあげる。


「ん、固いな……」


 力いっぱい押してもなかなか上がらない。


 仕方ないので≪怪腕かいわん≫を使って、取手を握りつぶす勢いでおもっきりうえへ押しあげる。


 ーーメキメキッ


 木質の割れていく音。


 さらに力をこめていくと、ハッチの取手は取れてしまった。


「あらら、サリィ壊しちゃった」

「なにか引っかかってるんですかね?」

「参ったな……よし、壊しますね、下がっててください」


 俺の言葉にアヤノはレティスを抱えて、後ろにさがった。


「……≪風打ふうだ≫」


 威力をおさえて風の塊をハッチ扉へ。


 ーーバゴォッ!


 音を立てて、木製のハッチ扉は粉々に砕け散った。


 天井にポッカリ開いた穴から陽の光が差しこんでくる。


 明るさを取り戻した世界に、レティスは大喜びでそとへと駆けていく。


 あと追うアヤノをさきにいかせ、俺も森のなかへ。


 振り返ってハッチまわりを確認してみると、そこには巨大なトレントの遺骸がいたことに気がついた。


 すっかり苔も生えて、ひと目には魔物と判別がつかないくらいに風化している。


「トレントが出口を塞いでいたんですね」

「……師匠はもういないので、誰も手入れするひとがいなければ、こうもなりますかね」


 もしかしたらまだ師匠が……ん?


「あれ、このトレント……動いてません?」

「え、あぁ本当ですね。まだ生きていすか。この風化具合だと、エルダートレントなのかもしれないですね」


 ハッチ扉を塞いでいた古びたトレントは、のっそりと動き、こちらの姿を確認するなり、乾いた枝先をゆっくりと伸ばしてきた。


「きゃー!」


 叫ぶレティス。


「大丈夫ですよ、エルダートレントは人を襲わない魔物です」


 アヤノは優しく微笑み、レティスの頭をひとなで。


 人間はそんな優しいトレントの枝をおって、杖の材料にしてるわけだけど、そのことはまだレティスには秘密だ。


「ん、このエルダートレントなにか持ってますよ」

「本当だ、これは……手紙?」


 エルダートレントの渡してきた便箋を受け取り、開封。

 中からひと切れの羊皮紙を見つける。


「シ・メ・テ・オ・ケ……ぇ、師匠?」

「この扉のことですね」

「でも、これ壊れちゃったよー?」



 エルダートレントを見あげるも、彼はなにも答えてはくれない。


 この手紙……まだ新しい。

 まさか師匠が生きているとでも言うのだろうか?

 とっくに死んだと魔法省からは聞かされていたが。


「ねぇねぇ、エルダートレントさん! エルダートレントさんがここ閉めてくれないー?」


 レティスのひょんなお願い。

 エルダートレントは黙ったまま。

 だが、すこしして土属性の魔法を使いはじめると、入り口をふかふかの土で埋めてくれた。


 どうやら幼女頼みは聞くらしい。


 のそのそと彼がそのうえに移動すれば、もうそこに転移魔法の魔法陣があるなんて、誰にもわかりはしないのだった。

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