第17話 浅緑の白熊

 

 エルダートレントがふたたび眠りにつくを見届けて、俺たちはエレアラント森林を進みはじめた。


「クルクマまではどれくらいですか?」

「30分くらい歩けば、たぶん着くと思います。実際に来たことはないので、なんとも言えないですけど」


 アヤノは杖を片手にうなづくと、油断なくあたりを警戒しはじめる。


 心配しなくても、ここら辺に魔物は出てこないというのに……師匠が言ってたんだから、たぶん問題はない。


 ーーウワァァアアっ!


 ん、あれ、いま何か聞こえた気がする。


「っ、サラモンド先生! 向こうで誰かの叫び声が!」


 呑気に歩いていたところへ、アヤノの声。


 木々の向こうを指差して、切羽詰まった顔でまくしたててくる。やっぱり、気のせいじゃない。


「だいじょうぶかーッ! レティスがいまいくぞー!」

「あ、お嬢ーー」

「レティスお嬢様ぁぁぁぁあッ!」


 走りだしたレティス。

 即刻、つかまえようとするが、するりと身軽なフットワークで腕をぬけられてしまう。


 大きな木の根っこをくぐり、そのまま向こうがわへ。


 穴の中をのぞけば、獣道を楽々と走破していくレティスの背中がみえた。


 アヤノと目配せ。


「下がっててっ、≪風爆弾ふうばくだん≫!」

「きゃっ!」


 風の魔力を強引に叩きつけて、壁を形成する巨木の根っこを衝撃波でふきとばす。


 木っ端微塵になった木くずが降ってくる。

 そのなかで、頭に乗ったホワイトプリムを直す、メイドの鏡たるアヤノの手をひいて走りだした。


 人の手の入っていない獣道を進んでいくと、すぐにレティスの背をみつけた。


 同時、その奥に見える白い巨体と、おおいかぶさるように組み伏せられ、襲われる男。


「むむぅ……≪風打ふうだ≫!」


 レティスは長い暗唱ーー頭のなかで魔法発動に必要な詠唱を終えることーーの後、杖先から風の球をはなった。


「うわぁあ! 殺されるぅー!」

「ベェィアッ!」


 絶体絶命のそこへ、レティスの風の魔力が到達。


「ベェィアぁあっ!?」


 間抜けな鳴き声をあげて、大白熊ーーテゴラックスの体が衝撃にういて、ごろりと横倒しに転がった。


 白熊はそのままコロコロと、転がり、獣道を転がり落ちていく。


「大丈夫ですクァァアッ! レティスお嬢ーー」

「お嬢様ぁぁあっ! なんて無謀なことをッ!」

「うわぁ!? アヤノがおこってる……ッ!」


 レティスに飛びつこうとするも、アヤノに先をこされる。


 仕方ないので、倒れている男のもとへ駆けよる。


「んー、見たところ怪我はないな。はい、終了」

「ちょまっ! もっと心配してくれてもいいんでねぇか!?」


 元気に被害者あつかいを要求する男。

 やはり、あまり心配はいらなそうだ。


「ベェィアァアッ!」

「テゴラックス、こんな浅いところに出てきちゃダメだろうに……」


 姿勢を取り戻し、坂の下から駆けあがってくる白熊。


 成体になれば3メートルもの大きさに育つ魔物。

 放っておくことは出来ない。


「アヤノさん、お嬢様の目を。≪風打ふうだ≫」

「ッ」


 すぐにレティスの目をおさえるアヤノ。

 

 圧縮された大気の球。

 空気の衝撃をぶつける魔法も、使い方しだいでは、それは何者をもつらぬく無双の槍になる。


 ーーべちゃビチャッ


「お、おぉ、こりゃすげぇ。旦那は魔法屋さんだったかいな」


 魔法屋……ローレシア魔法王国でも、市井の間にはまだ魔法魔術は浸透していないのか。


 杖をふり、≪土操どそう≫で土を操り、ピンク色の臓物と、鮮血にまみれた木の根を、おおいかくして現場の刺激をすくなくする。


「ありがとぉ、魔法屋さんたちや。いったいこんな所で何をしてるんで?」


「俺たちは、この近くにあるクルクマという町を目指していたところです。すこし……帰り道に迷ってしまいまして」


「おお、そらぁ、いい。おらについて来れば、炭鉱の町クルクマにダァーと連れてってあげんさ」


 強烈なクルクマなまりを何とか聞き取りつつ、俺たちは男に道案内を頼むことにした。

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