第10話 ベントタイム
「いったぁ……」
「痛いですね、これ……」
「何があったかは知りませんが、なぜ2人とも拳を痛めて帰ってきたのですか。なにか暴力沙汰でもありましたか?」
「いえ、こっちが一方的に殴り倒しただけなんで、大した問題ではないですよ、エゴスさん」
「余計に気になるのですが……」
玄関先でエゴスにあれこれ説明し、とりあえず手の傷はそのままに、俺とレティスは工房へむかうことにした。
「アヤノさんも一緒にやるんですか?」
「サラモンド先生は片手しか使えないでしょう。私がいればちょうど2つを手を使えます」
「なるほど……意外と、その、お優しいんですね」
「勘違いしないでください。私はまだ今朝のことを怒っていますから」
杖をふり、箱をいくつか開封して、準備を整えていく。
「レティスお嬢様。それでは、今回はまず青の治癒ポーションを作っていきましょう」
「魔術大学じゃ、まっまくべんきょうしなかったら、ポーションたのしみ……だけど、なんかモヒカンの人が無理だっていってたから、ちょっと自信ない……」
透明の、魔力溶液がはいった瓶をだきしめ、レティスはしんみりと言った。
しょぼくれたレティスちゃんも可愛い。
だけど、やはり彼女には笑顔がにあう。
杖をふり、紙袋から7種類の素材をとりだし、雑多な作業机のうえにならべていく。
「レティスお嬢様、その溶液をこちらのグラスになみなみと注いでください」
「……うん、わかった、サリィ」
レティスはイスにちょこんと腰掛け、俺の差しだしたワイングラスへ、溶液をそそぎはじめた。
「アヤノさん、すこし手伝ってもらえますか」
「……? ええ、手伝いますとも。そういうつもりでしたので」
「それじゃ、俺の手を握ってください。手の甲は痛いので、ひじあたりをお願いします」
ーーどぼどぼどぼっ
ワイングラスを気泡とともに満たしていく溶液。
ーーどぼ、どぼ……どぼっ……どぅぉぉぼぉ
注がれる溶液の音は、だんだんと間延びして、音のは低く、重く……自然のことわりから外れていく。
「っ……この魔法は……」
「≪
これで主観時間はずいぶん遅くなったでしょう。あまり長くやると、魔術を解いたさいの反動で、術者の俺が死んじゃうので、3分くらいしか使えませんが」
「信じられない、こんなことが可能だなんて……あなたは、一体……?」
ゆっくりと流れる時間のなか。
基本素材アガのクルミをフルーツナイフで刻む。
ああ、ダメだ、刃がクルミの皮にすべってうまく切れない。
傍観しているアヤノを見やる。
「アヤノさんも手伝って。青ポーションの仕込みは簡単ですが、レティスお嬢様に自信をつけてもらわないと、出来るものも出来るようにはならないですから」
「そのためにこんな高度な魔法を使って、仕込みのための時間を……?」
「当たり前でしょう、ほかに何のために使うっていうんですか」
アヤノは目を見張り、なにか納得したようすで穏やかな顔をすると、片手で俺のクルミをおさえてくれた。
「サラモンド先生、アガのクルミは刻むんじゃなくて、ナイフの腹で潰すようにすると、中身をとりだしやすいんですよ」
「なるほど。こっちの方が遥かに効率的だ、ありがとうございます、アヤノさん」
俺たちは引き延ばされた時間のなかで、ポーションの仕込みを続けた。
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