第20話 救急車

 玄関から、

「矢嶋のおばちゃーん。丸山のおばちゃん呼んできたー。」

 と、ナオちゃんの大きな声が聞こえてきた。

「今行くねー。外で待ってて。」

 矢嶋さん、外へ出て行ったようだ。そのまま外で話す声が聞こえるが俺はとにかく必死で

「細萱さーん。大丈夫ですか。」

 を繰り返した。

 いつの間に来ていたのかヒロミが向かい側に座り、一緒に声掛けを手伝ってくれた。

 人間の感覚の中で聴覚が1番最後まで残っていると聞いた事がある。その、繋がっているであろう糸を切らないようにと、何とか届いてくれと願った。


 やっと救急車のサイレンが聞こえてきた。

 表の話し声はまだ続いている。

 矢嶋さんが救急隊の人を伴って戻って来てくれた。

 もう、自分達がやるべき事は無い。

 テキパキと担架に乗せられて運ばれていく細萱さんを、外に出て、見送った。矢嶋さんが付き添いで一緒に乗って行く所まで。

 緊張から解放され、ちょっと放心していると、

「ご苦労さんだったね。私、矢嶋さんに留守番頼まれているから、後はまかせてね。」

 心配そうに集まって来ていた近所の人達の中から、恰幅のいい人好きのするご婦人が近づいて来てそう言った。丸山さんであろう。

 ちょっと離れた所にナオちゃんのお母さんもいた。すぐに分かった。だってナオちゃんと2人ピッタリくっ付くようにして立っている。

「さ。皆さんはお帰り下さいね。君達もね。」

 丸山さんは、ご近所さんと俺達に声をかけ、細萱さん家に入っていった。

 入る時「うえっ。」と言っていてちょっとだけ笑った。

「玄関開けた時の臭い、すごかったよね。ナオちゃんね、すぐに民生委員さんを呼びに行ったんだよ。『すぐ近くだから。』って言って、ぱーっと走って行っちゃうから慌てちゃった。」

 とヒロミが言って笑う。

 たぶん、ナオちゃんの対応が一番正しい。うかつに、勝手に入るべきではなかった。

 知識の偏りがあって、利口で馬鹿が小学生か。いや、俺達もだ。

「疲れたな。帰るか。」

 俺達は、ナオちゃんを巻き込んでしまってすみません。とナオちゃん母に謝り、帰路についた。

「俺、農業高校でよかったかも。熱中症って、気をつけててもなる人いるもんなぁ。あ、そうそう、連絡先教えてって言われて、矢嶋さんだっけ ? お前の名前と連絡先教えといた。」

 しれっと正司に言われてガックリした。疲れたよ……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る