第7話 二階探索チーム

 ***


 一樹たちは、響輝たち一行が一階へ向かって教室を出ていったあとで、同じく多目的ホールのドアをくぐり、廊下に出ていた。


 ひとまず、周りに化け物の気配はない、クリア。


 奈美と響輝が先行し、後ろをヒョコヒョコと付いている綺星という構図。奈美はすぐ自分の歩く速度が速いことに気づき、スピードを落とした。


「綺星ちゃん。化け物との戦闘に関してなんだけど、できる限りあたしたち……いや、あたしに任せてもらえないかな?」


 一樹は奈美のセリフを聞いて目を細めた。


“あたしたち”から“あたし”に言い換えられたということは、一樹も最初は入っていたが、直後に対象から外されたということになる。


「……もう、あたしも……戦えるんだけど。覚悟はできているよ」


 綺星は自分の手を見て、ぐっとこぶしを握り締める。そして、たしかに強い目で奈美を見つめた。


 だが、奈美は首を横に振ると、その綺星のこぶしをそっと自分の手で包み込み下ろす。


「それはわかっているし、認めているつもりだよ。綺星ちゃんはたしかに変わった。だけど、それとその力についての話は別だから」


「……あたしの……力?」


 力、化け物に変身できる力。注射器で謎の薬を体内に入れることで得られる……得体のしれない……力。


 ……その雰囲気は、一樹たちが使用するローブのドレスアップシステムより、はるかに不気味だ。


 奈美はうなずきつつ、続きを話す。


「うん。たぶんなんだけど、……その力って、けっこうな体力を消耗するんじゃないかなって思っているの。体の負担も……かなりあると思う。


 一定時間変身した状態でいると、前みたいに倒れるんじゃないかな」


 話を聞いた綺星が少し顔をうつむかせる。

「……それは……たしかに……」


 そういえば、そういう話をしていたな。実際、あの日は一樹が目を覚ました時はずっと眠っていたし、結局起きたのは、全員が起きた後、一番あと。ずっとぐっすり眠っていたことになる。


 それだけだと、単純に夜に怖い目にあって、疲れたから。夜少し起きていたから、といった理由は思いつく。


 だけど、起きたその日の朝食、彼女はまるで貪り食うようにいつより多めに食事をとっていた。


 あれから何日か経っているが、あの日ほどたくさん食べた日はほかにない。


 普通に考えれば、むしろ恐怖でご飯も喉を通らないってことすらあってもいいレベルなのに……。


 それはすべて、変身による体力消費で、その回復のために睡眠と食事をたくさんとったのだとすれば、つじつまは合う。


 なにより、いきなり奈美の目の前で倒れたという話も納得できる。


 問題は同じ力を持っているとされている文音がどうなのか、という話になるが、……それは確認のしようがない。文音のことはまだほとんどわかっていないのだから。


 だが、それでも、この説は……濃厚と考えていい。


「……わかった……」

 言われて、自身でも十分わかったのだろう。なにしろ、実際に自身の身で確認した経験者なのだ。


 奈美はそっと笑みを浮かべて綺星の頭に手を当てた。


「ありがとう。でも、いざというときには頼るかもしれないから、その時は綺星ちゃんの覚悟、見せてよね」


 ……奈美の性格なら、間違っても一年生の綺星を頼ろうとはしないと思う。そうとうに責任感がある子だ。


 ならば、このセリフは約束よりは、綺星の気持ちを左右させるための言葉か……。


 ここで綺星に関する話題はまとまったので、次にもうひとつ疑問に思っていたことを話題に浮上させようと思った。

「……ちなみに、僕は?」


 一樹は自信を指さしつつ奈美に聞く。奈美は一樹に目を合わすと、そのままじっと目を見つけてみた。そして息を吐く。


「一樹くんは……まだはっきりと戦う覚悟が出来ているように見えてないだけだよ。まだ戸惑いが見えるのに、戦わせるわけにはいかないよ」


「……それは……いい観察眼で」


 内心、それは間違っていないのだから文句はない。たぶん、性格からして喜巳花や響輝、ライトたちはもう覚悟はしているだろう。


 だけど、この中でひとり……大きな経験も得ていない一樹は、まだ戦いに対する抵抗はある。


「……でも、安心……って言っていいのかはわからないけど……、すぐ終わるよ。一樹も、もうすぐに覚悟を持つことになるんだと思う。戦うことを覚えて……いや、思い出して……ね……」


 奈美はなんとも不思議な雰囲気を醸し出してきた。まるで、遠くを見るような目で一樹を見てくる。


「……どいう意味?」

 その奈美のオーラに圧倒されつつ、聞くと、奈美はふっと口角を吊り上げた。


「君も闘いに対する迷いがいずれなくなると思う。ただ、なんとなくそう思っただけだよ……。いまは気にしなくてもいい。いずれ、その結果はわかると思うから」


 その雰囲気は……少しいつもの奈美から変わっていくように思えた。……奈美というより……むしろ……。


「なんか、その謎めかした言い方、柳生文音っぽいよ」


 奈美は一樹の例えによっぽど驚いたらしく、目を見開き、一瞬絶句してように見えた。


「……ごめん、それは心外だった。……気を付ける……」


 ……これは、どういうことなのだろう……。奈美もまた、内心なにかを隠しているのか? だとすれば……?


 奈美もあの夜、化け物と戦闘したことで……なにかを感じたのか……。それとも……実は、奈美こそが……。


「……暗い話はいったん終わりにしよう! さっさと行こう。まずは一樹くんのお望み通り、図書室に向かおうか」

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