第三十一話 彼は… (間話:笹橋胡春視点)

いつからだろうか、自分が彼に想いを寄せていると自覚始めたのは…。


思えば、小学四年のころに初めて彼と話したのがきっかけだったのだろう。

自分でもいうのもあれだが自分をその頃からすでに天才という枠組みに自他ともに認識していた。


天才といわれても、それは万能の天才と呼ばれるようなレオナルド・ダ・ヴィンチやトーマス・アルバ・エジソンのような新たな発想を生み出すことのできることの天才ではなく、ただ既存のなにかを延長戦のように応用させて有効活用させるといった、いうならば、『ある答えへの導き方における計算が速い天才』といったものだろう。


だから私自身、自分が天才と思われても、そのような偉業のなにかを成したことなどないから、どこかで自分とは別の次元の天才と出会うことに心躍っていた。


しかし、現実は非情で、そのような者はおらず、かわりに誰もが自分に対して期待という圧をかけてきた。

彼女ならすぐにわかるだろう、だとか。彼女に任せておけば何事も上手く解決するだとか。

そういうことを私に聞こえるくらい彼らが発言するたびに胸が締め付けられる。

そして、それらは忠実に私の言うことに従うだけの、もはや人間とは言えない、知性なき生物のように私は見えた。


人はみな、なにかの天才である、という言葉を昔どこかで聞いた覚えがある。が、それらはこの場に適する言葉ではなく、天才とは違う凡才だけの空間において発揮されるもので、凡才の中の個性が主張されてそれが目につきやすくなるだけで、彼らに何か特別なものがあるとは限らないのだ。


考えることをせず、誰か賢い人物についていく。それも一種の生き方なのだろう。だが、それは私が思い描く人間像ではない。

退屈だった、こんな人類は衰退すればいいのに、とさえ思った。


そんなある日、小学四年四月。彼に出会った。

別段、顔が整っているというわけではなく、ただ微妙に長い黒髪とどこか気の抜けた目をする彼、月見里灼梨に出会った。


最初は、そのあたりの人と同じという認識で、実質そうだった。私の言う通りに動く、忠実な奴らの一人だった。


だから、あまり興味を持たなかった私は、彼から七月に入ったあたりに初めて話しかけた。


「ねえ、辛くないんですか」


「えっ、なにが」

唐突に声をかけられる。


「ほら、いつもみんなの前に立っていて色々と動いているから、疲れないのかなって」

コイツには自分の心のうちがわかるのではないか。


「うん、当然疲れるよ」

だから、自分の心をさらけ出した。


「みんな、自分自身で考えなくてさ、いつも私の言うことだけを聞いて動いている。もう、みんな馬鹿みたい」


「ふーん、辛いんですね」


「…何でみんなそんなことをすると思う」


「それはたぶん、皆が楽をしたいと思うからじゃないですか。僕もそうですし」

知っている、そんなこと。


「ああ、それなら私も楽がしたいなあ」


「そうですね。それなら、助けましょうか」

その言葉を待っていた言わんばかりに胸がときめく。


「助けてくれるの」


「はい。ですけど、どうすれば、貴女は楽できるのですか」

訂正。この人もみんなと同じ、自分では考えない、ダメな奴だった。

だからだろう、彼に期待して言う。


「自分で考えたらどうなの」

彼を突き放す言い方。初めて他の人に言った突き返す表現。


「……」

彼は深く考える。


「思いつきませんね」

やっぱり、彼も同じだと残念に思う。


「だけど、貴女が辛く思っているのはわかりました。僕なりになんとか頑張ります」

そう言う彼に私は全く期待などしない。どうせ、すぐにそんな決意は終わるのだと。


だが、彼は動いた。

学級委員を決める際にも自ずから手をあげ、立候補した。どうせ、彼の気まぐれだと思った。

だが、それでも彼は積極的に動いた。


スポーツ大会における競技のチーム編成や作戦。彼は自身の知性を使わなかった彼らに案を提供した。もちろん、私は黙っていた。

はっきり言って、その編成や作戦は最悪と言っていいほど、悪かった。

心の中ではもどかしかった。こんな人の素質さえも測れない彼にこんな責任を背負わせて良かったのか。


最終的に、私たちは五クラス中三位という微妙な結果で終わった。彼は、責められるのだろう、と他人事のように考える、実際そうだ。

だが、結果は違った。


みんながみんな、彼の作戦のせいでこの結果になったと思っている。だが、最終的それに参加したのは自分であって、自分たちもそれなりに楽しかったのだ。自分たちで、考え、行動し、それでも少ない勝利を得た。そんな、時間を作った彼を自分たちには責めることなどできない。むしろ、一緒に喜び合いたかったのだ。


彼は泣いていた。自分のせい、だと。

それでも、みんなが励まして、肩を合わせてともに盛り上がろうとしたおかげで彼も次第に微笑み出した。


他にも色々あったが、それでも彼の行ったことに私は驚いた。


この頃から彼は人をまとめ上げるだけの天才、と私は思った。

自分が前に立ち、自分を信じる人たちを指揮するのではなく、ただ、自身の心を共有しまとめ上げるだけ。

どんな人たちでも彼はともに笑い合うだろう。


だから、彼の周りには色々な個性のある人が集まる。

綿引伊吹に、開野祥太。人の心を覗く異才と、誰とでも仲良くなる異才。


開野と彼は同じ感じではないか、と度々この話を私の友達にすると聞かれるのだが、全くの別物であると答えておこう。


開野くんのように誰とでも仲良くなれるとは言っても敵対しているような者とは仲良くなれない。

また、彼は開野くんのように相手とは確実にとはならないのだ。彼は最終的にはまとめ上げるだけなのだ。


思えば、自身の友にこんなことを語っている時点で私は彼に惹かれていた、といえるだろう。

彼の考え方、物事への積極性、そして、微妙な彼の人に対する心。

どこか鋭利な存在で、どこか可愛げのある存在。

自分の歪んだタイプにあっていそうな存在である。


もっと、彼と話したい、そう思ってしまう。

ただ、問題があるとしたら、彼はほとんど私を頼らないのだ。

中学生となった今でも彼は昔の私の言葉を覚えているようで、彼はめったに話さない(たまに、授業について聞いてくるだけである)。


だから、彼を巻き込むことにした。

色々な悪戯をしかけ、彼を脅かし、自分という存在を認識させていく。


そう、友に話すと『ハルちゃんって案外、頭おかしいんだね〜。あっはっはっは』と言っていた。そうだろうか。


彼ともっと話したい。彼ともっと一緒にいたい。そう思っていた。


だが、現実は非情であった。

昔からこの街は実験区域だったとは知っていた。だが、それは昔のことで今はもう稼働していない、と父から聞いた。


しかし、つい先日、この街を破壊することが決まったと、父親から知らされた。

この街という計画の決定的な証拠の隠蔽。もちろん、それには全住民の殺害も含まれている。

また、この街の管理者として街に所属していた私たちはその被害から逃れられると伝えられた。

だが、既にこの地に長く居続け、愛着のわいたこの街から逃げ出すことなぞできなく私たち一家はそのことを拒否した。


この時点で自分に逃げ道は無くなった、そう思った。


だから。自身の脳を使ってこの危機からみんなを救える方法を探した。

私の思う未来への過程を探した。しかし、そのようなご都合主義の方法はなかった。何度も考えた。

泣いた、絶望した、断念しそうになった。彼との楽しかった生活はもうできないのか、と何度も思った。


だから、最後だけは自分の欲のために、と心のどこかで思い始める。最後には彼と私だけが救われる方法を模索した。


見つけた方法を実行する。

最初にテロリストたちと契約を交わして、彼らの言う通りに動く。単純なことだ。


また、自分の計画のための協力者を作った。綿引君もその一人。


綿引君は私の意図を知ってなお、この計画を了承した。だが、それでは難しいとも、アドバイスさえくれた。彼がそんなことを望むはずがない、と。自分たちだけが助かろうとは思わない、と。


そんなことは、わかりきっている。彼は、面倒なことは乗り気ではない。だが、頼めば確かに実行してくれる。彼は、すこし捻くれたお人好しなのだ。この街の人を見捨てるわけがない。


だから、計画を変更した。私たち、ではなく彼だけが助かる計画に。彼の心を一方的に折る作戦に。

だから、綿引君に鍵を渡した。


心の中で、度々彼との平穏な生活を望む。

そんなこと、できるわけがないとわかっているのに。


彼のための資料を自身のパソコンに送り続ける。この街の資料室は、唯一監視がなく、外の世界の情報が得られるパソコンが置かれていて、なかなかに使い勝手が良い。


彼の幸福のために。彼の笑える未来を作るために。手を動かす。


定刻が来る。彼のGPS反応が途絶える。地下通路を通っているのだろう、あそこは電波が届かない場所だ。

そして、自分のいる地くでまた反応を示すはず。


やはり、悲しい。最後に一度会える、と分かっていても。

いや。もう会いたくない。彼となんか会いたくない。彼に会えば私はなにをしてしまうのだろう。


資料室を出て、走る。階段を三段飛ばしで駆け上り、三階層上に上がる。そして、ドアを開ける。

これで、十分だ、私はよくやった。後は、彼に託すだけ。

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