第二十九話 刹那、輝きの白は赤黒く染まった。
他を圧倒し、怯ませるような校舎で起きた爆発音は街中に拡がった。
燃えあがる校舎、青藍な空を黒色に染める煙、そして、どこか場違いな静寂。
僕たちは、それを目におさめる。
そこから、一分も経たないうちに人々は、意味のない叫び声を発しながら、あらゆる方向へ逃げていく。
「あ、ああ、」
言葉が出てこない。体も動かない。
脳から発せられる命令は自身の肉体まで指令が来ていないのか、体はぴくりとも動かない。
脳だけが高速回転し、思考が張り巡らせる。
南館三階、高校第二学年のフロア、真ん中を対象にして此処から見て左寄り、右から十一個目の窓の集まり。
二年四組の教室だったと記憶が語りかける。
そして、二年四組の出し物は射的。なにも火薬類を使っての出し物ではなかったはずだと考える。
そんな意味のない思考の解析結果だけが出される。
「うぐっ」
校舎の中から走り出てきてきた人たちと何度もぶつかる。
こんな緊急時に逃げることをせず、ただ立っているだけの僕は彼らにとっては邪魔なのだろう。
ふと、無意識に自分の体を盾にして守っていた袋に目を向ける。
イチゴに卵、そして。
「笹橋さんはっ」
口に出る。
笹橋に頼まれてこれらを買ってきたのだ、彼女たちがまだ校舎の中にいるのはごく当たり前のことだ。
まだ、靴箱の周りは混雑しており、だれがどこにいるのか見当もつかない。
だが、笹橋は。
笹橋ならば、この状況を見て、どう対処する。
天才の考えは自分では到底理解できるものではない。だけど、自分もこの学校の一生徒として、二年一組のクラスメンバーとして、笹橋たちの知人として、彼らを見捨てることはできない。
人々の流れに逆らって前へ進む。逃げている人たちは僕のことを認識していないのか何度も他の人と正面からぶつかる。
ようやく、靴箱の前にたどり着く。もう、その頃には周りにはだれもいず、散らかったパンフレットや食べ物が辺りを埋め尽くしていた。
階段へ向かおうと決意した瞬間、またも爆発音がする。近かった。だが、どこも変わりはない。
外に出て、確かめようと足を向けた矢先に大きな音を立て先ほどまで空が見えていた玄関が崩れ、外に出られなくなる。
校舎の中も急に暗くなり、非常用灯だけが唯一の光源となった。
外に出ることができないことに怯えるも、自分がしなければいけないことを再認識し、階段へ向かう。
二段飛ばしで階段を駆け上がる。ところどころ、食べ物やペットボトルで段が踏めず、手すりを使って無理矢理登って行く。
三階に着く。
一階よりは太陽の光で明るいものの、その分、三階は悲惨だった。
まだ、何人もの制服を着た人や一般の人たちがそこらに横たわり、白い壁も煤で黒くなっていた。
二年四組の教室は、無かった。三組や五組の壁、四組前の廊下までも巻き添いにして、そこだけなにも無かった。三年四組も、ない。
ただ、青い空が見えるだけ。
呆然とそこからの景色を眺めていると、ふと為縛の街の向こうの方でも何本か、煙が立っているのが見える。
「そうだっ、笹橋は」
二年一組の教室を開ける。
教室は無事だった。しかし、メニュー表やテーブルが落ちていたり、倒れていたりして荒れていたが壁が壊れているということはなかった。
だが、誰もそこには居なかった。
逃げたのだろうか。それならまだ良いのだが。
教室を出て、廊下に倒れている人たちに声をかける。だが、ほとんどは応答してくれない。
「ヤキリ、かい」
自分の名前が急に呼ばれて、その方を向く。
三階と四階を繋ぐ階段に綿引がいた。
「綿引、お前大丈夫、か」
「この傷を見て、無事、っていうのもどこか、違うと思うけど、他の人たちよりは、まだ、元気、だね」
綿引は左腕をブラブラと動かす。その腕は、彼の血で真っ赤に染まり、カッターシャツは赤黒く染まっており、彼の白い肌とは絶対に違う焦げ茶色をしていた。
「お前、その腕っ」
「だいじょう、ぶ、かなまあ、病院に、緊急搬送、してくれたら、助かる、くらい、大丈夫だよ」
「それは、もう、大丈夫じゃねえよ。なにか、応急手当できることは?」
「、だから、大丈夫だって。このままが今一番、心地よい」
どういうことだ。
そう言おう、とした瞬間外に武装した集団がこの校舎の方へ向かっているのが見える。そして、出会う全ての一般人に銃弾を放っていた。
「おい、あれって」
「…早いね」
「綿引、それってどういうことだよ」
「ごめん、今は時間がないから答えられない。だから、こちらから、質問させてもらうよ。この校舎から、玄関を使わないで外に出られる方法を、知ってるかい」
突然の質問にすこし、戸惑う。
「プールの方は」
「爆破された。もう、使えないよ、あそこは」
綿引に否定される。
「一階の窓からは」
「無理だね、殺される」
誰に、とは聞かない。たぶんさっきの武装集団だろう。
「飛び降りるのは、ダメか」
「その後体が動かせれば問題ない」
考える。自分が一年とすこし通った学校だ。自分の目の記憶の中に何か手がかりがあるはずだ。
「あった、放送室などの教室の窓から飛び降りれる。あそこには落ち葉がクッションになるからいけるはずだ」
「ソースは」
「僕だ。一度だけ、降りたことがある。とても新鮮だったよ」
「それだけで結構だ。そこに向かおう」
下から窓を打ち破る音がする。侵入したのだろう。
綿引が急に走り出す。
たぶん、ついてこい、ということなのだろう。
彼についていく。
四階に着き、すぐさま連絡通路に向かう。
連絡通路は壁の上側がガラスになっており、外にはさっきの数倍の武装した人たちが立っていた。
「しゃがむよ」
「…ああ、わかった」
僕達の移動速度は遅くなる。だが、走って外から撃たれるよりはマシだろう。
半分を過ぎると、足音が近くまで来ていることに気づく。
「おい、綿引」
「わかっているよ。三秒数えるから、その後全速力で走って三階へ向かって」
「三」
そこし、腰を上げる。
「二」
足音が一瞬遠く小さく聞こえる。おそらく、現在は三階。
「一」
だから、そこでまた二手に分かれらだろう。
「零、いくよっ」
同時に走り出す。走っている音がが聞こえたのか、階段を駆け上っている人たちも早足で向かっているように感じる。
あと、十メートルも満たない。いける。そう、安心した瞬間、後ろから銃声が聞こえる。
一気に先ほどの安心が恐怖に変わり階段に飛び込む。
銃声は鳴り続ける。
「綿引、放送室でいいのか」
「……、ああ、あそこが、一番場所的に良いし、今、完全に、開いていると、いえるからね」
たしかに、昨日も、ラジオ放送していたのを思い出す。ならば、今日もしていてもおかしくない。
「…さあ、行くよ」
「わかった」
小走りで向かう。
三階には、幸い誰もいなかった。
すぐに、放送室へ向かう。だが、武装した人たちもすぐそこまで来ており、彼らに銃で撃たれる前になんとか放送室のドアを開く。
中に入り、ドアを閉めて、内側から鍵をかける。そのまま、窓を開け、落ち葉があることを確認する。
すると、それを確認したのか、綿引が喋り始める。
「今から、言うことを、覚えておいてほしい。君が生き残れば、僕達は救われる」
「意味がわからない、どういうことだ」
「…ごめん、今は言えない。だけど、君のほしい情報は全て持っているよ」
「じゃあ、」
「笹橋は、今日学校に、来ていないよ」君はすぐに地学教室に向かったから知らないと思うけど、と彼は後付けする。
「笹橋は、いま街役場にいる。街役場までの、道は、この森をまっすぐ向かったところに、あるコンクリートでできた小さな、建物がある。そこに街役場と繋がる、地下通路がある。鍵はこれ」
「君を死なせたくはない、だけど君はそこに向かうしかない」
彼は、すぐ横の森に指を指し、右ポケットから二つの鍵が付いているキーホルダーを僕に渡す。
「この街の命運は君に託された。もう一度言うよ。君が生き残れば、僕達は救われる」
「…どういうことか、わからないんだが。街役場に向かえば、笹橋に、会えるんだな」
「もちろん」
「じゃあ、早く外に出ないとな。ほら、いくぞ」
そう、仮に言うも、綿引は笑顔で固まったままでいる。
「おい、早くしないと、」
ドアが何かで叩きつけられる音がし、何語か自分にはわからない言語が聞こえる。
「それは、無理だね。もし、ここに誰かいなければ、怪しまれるのは当然だ」
だから、と綿引は言葉を続ける。
「僕がここに、囮として残る。僕がここで足止めする」
彼の発言にすこし驚く。
「なに馬鹿なこと言っているんだよ」
「別に冗談を言ったわけではない。これでも、君よりは頭の回転が良いと思うけど」
「そう言う問題じゃないよ」
「いいや、そういうことさ」
「僕にはもう無理だ。限界みたいだ」
彼は僕に左腕を見せ、また背中も見せる。背中には銃弾を受けた後があり、やはり背中は赤一色となっていた。
「おい、それって」
「うん、まあこういうことだよ。なんだい、こんな重症な僕をまだ、酷使するつもりかい」
彼は苦笑いしながら言う。
「……」
なにも、言い返せない。
彼と一緒に逃げて、治療してもらう。それが、一番良い方法だ。
だが、彼にはもう体力がない。それに傷のせいであまり動けない。自分では彼を助けることはできない。
やはり、僕は自分が嫌いだ。
「まあまあ、そんな辛い顔をしないで。僕は、嬉しいよ、君みたいな人と友達になれて」
「そんな、もう会えないような言い方をするんじゃねえよ」
「それに、この前約束したでしょ」
「約束」
「ほら、言ったじゃん。今度は、僕の番。僕が囮なるって」
たしかに、言った。
「言ったが、いまはそんな約束なんか関係ないっ、だから」
「ごめん、そろそろ時間だね」
はっと、気づきドアの方を向く。
ドアからの音は聞こえなかった。
「なんで、もっと自分の命を大切にしないんだよ。僕なんか別に要らないじゃないか」
そう言った、瞬間綿引に頬を叩かれる。
「ダメだよ、そんなこと言っては」
「じゃあ、なんで」
「まあ僕も生き残れるんだったら、生き残りたいよ」
「それなら、」
「それができないから、言っているんだよ」
「どうして、なんで」
「僕ができないのなら、できる人に託す他ない、そうでしょ」
「俺が、できるって」
「まあね、だから、お願い。自分のことを無我にしないで。もしも、そうなってしまいそうなら、僕がさっきやったみたいに自分で頬を叩いてね、わかった」
「分かった」
「なら、良かった」
そう言い、綿引は一歩下がり、微笑む。彼の、一種の芸術のような青髪も笑顔と合っていて、すごく儚げに見えた。
「じゃあ、バイバイ」
そう言い、綿引は数歩後ろに下がると勢いよく駆け、突進して、僕を外へ押す。
受け身も防御もとれなかった僕はそのまま窓の外へ放り投げられ落ちていく。
落ちる。
地面に着地すると、やはり背中に痛みが走るも、それ以上のことはなく、静寂が訪れる。
やはり木の枝が隣にあった。
そして、すぐに森に向かう。
走る。自分の落ち葉を踏む音しか聞こえず、すこし寂しく覚えるも無我夢中で走る。
すると、後ろから爆発音がする。
振り向くと、煙の発生地は学校のあった場所からだった。
踏みとどまる。泣きそうになる。
だが、もう前に進むしかない。
走る。 はしる。
すこしすると、綿引の言っていた通り、コンクリートの建物があった。
鍵を使い、中に入るとすぐに下へ続く階段があった。
自分はいま、この街で起こっている事態について、綿引の言っていたことについて知らなければいけない。
そのためにも彼女、笹橋がいる街役場に行かなくてはならない。
一歩、一歩進む。灯は蛍光灯しかない。
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