第二十八話 文化祭二日目
文化祭一日目は穏便に終了し、本番ともいえる二日目が始まった。
二日目は、初日とは違い、行われるイベントの量も多く、なんといっても大締めである体育館で開催するダンス・歌のスペシャルライブが印象的である、と昨年の文化祭を思い出す。また、今日はほぼこの街全員がこの高校に訪れるだろう。それくらい大きい行事なのだ。
僕たちの高校は珍しく高校三年生が主催となりこの文化祭を動かしていく。
あまり、『進学』というイメージが学校全体においてないのだろう。みな、この街のどこかに就職する。進学する、と日ごろから言っていた自分の先輩もいまは、立派にパイプの取り替えの仕事を全うしている。
今日は、なにもすることがないと、地学教室Bの一席で肘を突きながら考える。
昨日は葭原に自身のお金を消費され、笹橋は…、終始よくわからなかった。やはり、天才の思考は読み取れないのか、と胸の奥に、針ですこし刺されたようなチクリとした痛みが走る。
素早く思考を移行させ、そう思えばと葭原に言われた言葉を思い出す。
昨日、彼女に二日目はずっとデパートで緊急買い出しに備えろ、と言っていた。彼女の親戚という親戚たちが押し寄せて僕たちのクラスの料理を食べきってしまうのだろうか。
それは、なんとも、繁盛、して嬉しいような、ただの迷惑としか思えないような。それとも親戚で店をはなく、暴れるなにかを連れてきて店を荒らしに来るのか。ただ、そんな理由で買い出しに行かされるのはどこか変な気持ちである。
しかし、今の僕には他にすることなく、一人で廻るのも寂しいので仕方なく行くことにする。
ただ、その前に。なにか飲み物と軽食を買って行こうと思う。デパートで買うよりもこちらの方が数百円安いのだ、あまりお金を使いたくない僕にとってこれほど嬉しいことはない。
出店のある運動場に向かい、昨日ウーロン茶を買いに行った店へ行く。
「いらっしゃい。ほうじ茶、たくさんあるよ」
昨日と同じ店員はそう悪びれなく言う。対応が速いな。
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校門の近くになるにつれて、文化祭に来た人の多さがよくわかる。
いつもはただ広いだけの校門と校舎を繋ぐ道になんの意味があるのか、さっぱりわからなかったが、いまこの時だけはその意義を果たしていると思う。
校舎やグラウンドへ向かう人たちは毎年来ているだけあるのか、ほとんど、迷うということはなく、それぞれがどこへ向かえばいいのか理解して進んでいた。
と、そんなことを考えていると、ふと、違和感を覚える。
端に寄り、文化祭に来た人々を観察する。
そうだ。外国人が多いのだ。いつもなら黒髪や茶髪が多いのに、金髪や銀髪がよく目に入ることが違和感の原因だろう。
しかし、と疑問に覚える。
たしかに、今回、外国人が多い。それは、文化祭を行う側としては客が増えて嬉しいことである。
だが、ここは為縛である。ほとんど、外と関わりを持たない(偏見だが)この場所にこれほど多くの外国人が来るのだろうか。
それとも、テレビにでも取り上げられたのだろうか。
よく、わからない。
そんな微妙な疑問に頭の大半を使って考えていると、いつのまにか校門を出ており、普通の街並みが周りに広がっていることに気づく。
数秒、そこで呆然と立ち、デパートへ向かおうとして、ズボンになにか振動していることに気づく。
振動している正体、スマホを取り出し、画面を開くと、笹橋から電話がかかっていた。
通話ボタンを押す。
「どうしたんですか、笹橋さん。なにか、緊急事態でも」
『…うん、まあ、そうだね。ごめんだけどさ、ずっとデパートに待機しておいてくれないかな』
葭原と同じことを言う笹橋にすこし驚く。
「ええ、そのつもりでしたけど。やはり、今日大勢の人が来るからですか」
『…そうだよ、よくわかっているじゃないか』
葭原に言われただけだが。
「まあ、待機しておきますので。なにか、買ってきてほしいものがあればもう一度、電話かけてきてください」
『うん……じゃあね』
そう、彼女の声をした電子音がすると、すぐに切れ、ツーツーという音が鳴る。
まあ、今年は外国人の人もいたのだ。例年以上に多いのだろう。
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あれから、三時間が経過し、笹橋からはなにも連絡がなかった。
デパートにも最低限の人(店員さんたち)がいるだけでほとんどは文化祭に向かったのだろう。
出店で買ったフランクフルトを頬張り、ぼーっと、デパートの白い天井を眺める。
本当になにもすることがない。
スマホでアプリゲームするのも良いが、それで充電を消費し、笹橋と連絡が取ることができなければ意味がない。
やはり、暇だ、といま座っている茶色の一人用ソファを座り直すと、僕の気持ちを汲み取ったのか、携帯が鳴る。
笹橋からだった。
「はい、こちら月見里です」
『いま、暇だよね』
「ええ、まあ、おかげさまで」
軽く皮肉なことを言う。
『そう、ならさあ、私がこれから言うものを買ってきてくれない』
「まあ、そのためにここに居るのですから。で、なんですか」
『苺と卵そして、フルーツの缶詰をなにか。種類は何でもいいよ』
「数は」
『苺とフルーツは三パック、三個ずつ。卵は二パック』
「それで、足りるのですか」
『ううん、そこで区切りをつけるつもり。いま、並んでいる人たちがかわいそうだから、その分だけ』
なるほど。
「後でお金は請求しますよ」
『それは、私ではなくて学校にお願いね。あそこが全て出してくれているから』
「じゃあ、買ってきます」
『うん、なるべく遅くにね』
そう言い、通話は切れる。
疑問が生じる。待っている人たちがいるのだから、早く買って持っていかなければならないはずだ。
言い間違えたのだろうか。しかし、それにしてもおかしいだけだ。
まあ、早く済ませることに越したことはない。
素早く、デパートの食糧雑貨店に向かい、カゴに苺に卵、そして缶詰を入れていく。
そして、会計に向かい、店員に言い渡された額を払う。かかった費用は財布にある資金のギリギリだったと言っておこう。
そして、すぐにスーパーの袋に詰め、外に出る。
デパートを出た後、やはり中とは違い外にクーラーが効いているわけでもなく、ただ暑いため、僕の早く済ませようという気持ちが消えて、走るのではなく、すこし早歩きで向かうことを勝手に頭が指令を下す。
だが、それでも、この暑さにやられたのか、すぐにいつも通りの歩くスピードになる。
暑い。出店で買ってからすこし生温くなったほうじ茶を口に含む。
九月、十月にもなり、これほどの暑さを保つ太陽にすこし、嫌気がさす。
学校に向かう途中にほとんど人とは会わなかった。
どこか、心の奥で変な感じを覚える。なにか、気持ち悪いような。
熱中症にかかってしまったのか、だが、それにしては、体というよりも心が辛い、の方が正しい。
嫌な予感がする。
一定のペースで歩いていた足を無理やり動かし、がむしゃらにとはいかないものの、走る。
なにが、起こっているのか、わからない。自分だけが取り残されているような疎外感を感じ、走る。
だが、いま、自分は卵を持っているのだと気づき、袋の中を見る。
卵は幸運なことに割れてはいなかった。
そう、ほっとしながらもペースは上げ、走る。
遠くに真っ白な校舎が見える。だんだんと目に映る人の数も多くなり、安心を覚える。だれもが、顔を喜びに染める。
だが、安心できたのはそこまでだった。
いきなり、爆発音がする。
文化祭という楽しい、を表現したような行事には聞くことのない、重たい振動音。誰もが、その音のした方を向く。
轟音の先には、真っ白な校舎が。
そこには、輝きの白はなく、赤黒く染まっていた。
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