第二十七話 文化祭③

笹橋に言われた通り、用意された席に座る。

周りには一般客が他のテーブルに座っており、この店で出されたと思われるお菓子や飲み物を楽しんでいた。


しかしながら、と心に思いながらすこし視野を広くして見渡す。

ところどころに、生徒の机や黒板といった教室だな、と思える面影はあるものの、それらがまるでないかのように海というものを表していた。


薄い青色のカーテンに、黒板では遠近法を無駄に使った大量のワカメ画等。そして、メインとなる、それらの背景を上手く使ってキャラクターたちが接待をする。なお、ワカメ役は揺れているだけで何もしない模様。


「では、ご注文をどうぞっ」

いつのまにかいなくなっていた笹橋が戻ってくる。

格好は先ほどと同じで、手に持っていたメニュー表を渡す。そして、その後ろに待ち構えていた海老の着ぐるみを着たクラスメイトがテーブルにガラスのコップに入った水を置いていく。

海老の胴体から人間の足が飛び出ている光景は中々に滑稽だ。


「えっと、じゃあ、これ。ドライフルーツのパウンドケーキで」

メニューを見て、最初に目に入ったものをひとまず頼む。


「私は、この一番人気のイチゴパフェ、イチゴ二倍で」

テーブルの向かいに座る葭原はすました顔で、『イチバン人気っ』と横に大きく書かれたパフェの写真を指さしながら言う。


葭原の意外性にすこし驚く。葭原ならコーヒーとティラミス、みたいなものを注文すると思っていた。

というか、パフェの価格が文化祭とはありえないくらい高い。


「へー、葭原さん、こういうの食べるの。意外だね」

笹橋は、驚いたかのように言う。


「ええ、今日だけよ、このパフェも、イチゴ二倍も。…今日はこの人が払ってくれるから」

…なんとも、嫌な奴だ。せめて、遠慮して欲しかった、イチゴ二倍はだけでも。


「ふーん、私には無くて、葭原さんには貢いでいるんだ」

笹橋は、ジトっとこちらを見る。貢いではいない、払わされているだけだ。

ボロを出さないように、彼女の視線を無視する。


「ふふ、哀れね」

葭原はそんな僕を見て、鼻で笑う。

いや、貴女のせいだからね。


笹橋はそんな僕らの様子を数秒観察すると、ため息をつきながら、立ち上がる。

どうしたのだろうか、やはりこういう文化祭の出し物でも経営は経営なのだから、執り仕切るのは疲れるのか。


「はい」

そんな笹橋を見かねて、彼女に先ほどの天然水の入ったペットボトルを渡す。


「えっ、なに」


「いや、疲れているなあ、と思ったから。あげるよ」

笹橋はキョトンとした顔を浮かべ、僕とペットボトルを交互に見つめる。


「あ、う、うん。ありがとね、もらうよ」

そう言い、笹橋はどこかよそよそしい様子で僕たちのテーブルから離れていく。

どうしたのだろう。


「はあ」

葭原がこちらを呆れたかのように見る。


「どうしたの」


「いえ、なにも。もういいわ。それより、そこの店員さん。そう、そこの海老の人。イチゴパフェ、イチゴ二倍とこのパウンドケーキを注文したいのだけれど」

葭原はまた水を配りに行っていたのであろう海老のコスプレを着たクラスメイトを呼びかけ、注文する。


やはり。

自身の仕事を放置し、笹橋はどこへ行ったのだろうか。


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意外にも美味しかったパウンドケーキに腹が予想以上にふくれ、僕たちは出店廻りをすることをやめた。


ちなみに、あのパウンドケーキ。

僕の未熟な語彙力をフル活用して感想を言うと、ふわふわとした生クリームと少ししっとり感があるケーキそして、噛んだ瞬間に口に広がるバターと卵をふんだんに使ったのを理解させる味。そして、極めつけのそこし固めのドライフルーツ。キューブ状とかしたドライフルーツを咀嚼した瞬間に果物の甘酸っぱいような爽やかなような味に味覚が刺激される。

中々に美味しかった。パウンドケーキというものを初めて食べたので他との比較はできないが。


ちなみに、あれは笹橋監修のもと完成したらしい。恐るべし、才能。


「それで、最後に、お化け屋敷ってことですか」


「ええ、そうよ。あら、良かったわね。入場料は無料だそうよ」


「…はい、今だけ嬉しく思います」

僕はそこまで守銭奴な性格ではないが、今回ばかりは良かった、と思えた。


ちなみに、パフェもそうだったがやはりパウンドケーキも値段が高い部類に入るメニューだったようで僕の財布は朝と比べて軽く感じる。


「さあ、行くわよ」

葭原はどんどん進んでいく。

あまり、お化け屋敷がリアルではないことを祈ろう。


「えっと、入場かな」

『入口』と書かれたドアの横に置いてある椅子に座っている生徒に話しかける。


「はい、行けますか」


「もちろんだとも。えっと、中に入るのは君だけでいいかな…」


「この人もです」

一歩横に動いて、後ろに立つ葭原に指をさす。


「あ、ああ、そう。そういうことね、ちょっと待って」

男子生徒は椅子の隣に設置されていたトランシーバーを持ち少し離れて使い出す。


「…ああ、お前ら、戦闘準備。相手は、リア充。怖さは最大で、だ。ルナティックだ、ルナティック」

何か、話しているがやはり距離のせいで上手く聞こえない。だが、不穏な気配がする。


「それじゃあ、いいよ。行ってらっしゃい」

先ほどとは声の抑揚も小さく、冷淡な感じを出しながら、男子生徒は言う。

彼に開けられた扉の先はやはり定番である暗闇だった。


「さあ、早くしましょう」


「あ、ああ」

彼女の積極さに今だけは感謝しながらも嫌な予感をしながら、進む。


ふと、気になって後ろを振り向く。

そこには、あの男子生徒が顔は…。

あれ、笑っている。


そう思った瞬間、扉が閉められ最後の希望でもあった外の光が完全に途絶えた。


おいおい、嘘だろう。思っていたよりも真っ暗だった。


「あれ、葭原さん」

側に彼女がいないことに気づく。

返答はない、一人で出口に向かえと言うことだろう。


数歩を歩くと、怪しげな赤色の光に包まれた小さなスペースが見えてくる。

こちらが出口への道なのだろうと予測し、向かう。

途中、砂のせいで歩きにくかったり、すこし湿気が多かったり、なにかと変な雰囲気だったがまだ誰一人、お化けは出てきていない。


「ひぃっ」

赤いスペースにたどり着く直前、目の前を上から降ってきたぬいぐるみが落ちて、その大きさから発するとは思えないほどの大きな音が聞こえる。


拾い上げ、ぬいぐるみを直視する。

そこには赤く爛れた文字で『タスケテ、ニゲテ、ウシロ』と書かれていた。


ちょうどそれを待っていたかのようにいつのまにか後ろに設置されていた(気づかなかっただけだと思う)ロッカーが暴れだす。


あまり役に立たない僕の脳味噌も一秒もかからずに察知する。

これは、逃げなければいけないパターンだ。


僕が足を踏み出すとともにロッカーは突き破られ、中から血みどろで所々身体の向きがおかしい男が出てくる。

そして、僕を確かに目で認知する前にいきなり走ってくる。

ああ、終わった。


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「お疲れ様、どれだけ時間がかかっているのよ」


「頑張って、走り抜けたのだけどね」

廊下で、荒げた息を整える。


「み、水」


「貴方、級長さんに渡したじゃない」

…そうだった。今、自分にはなにも飲むものがない。また、財布が軽くなってしまう。


「葭原さんは、どう、だった。お化け屋敷」


「楽しかったわ、可愛いお化けが沢山いて、すこし物足りなかった気もするけど」

そう、彼女は自身の髪をいじりながら、淡々と答える。

可愛いお化けか…、僕が出会ったのはどれも血塗れだった気がするが。


「それでも、今日は楽しかったわ。色々楽しめたし、お手頃な財布もいたから」

彼女は背筋を伸ばし、一人でに言う。


「僕は、お手頃な財布じゃないです」


「あら、すごく忠実だったわよ」

そうだが。


「まあ、いいわ。だけど、楽しめたのは本心よ、ありがとう」

葭原は両手を後ろで組んでコチラには微笑む。いつもは無表情しか見せないそんな微笑みの光景にすこし、胸が高鳴る。


「ど、どういたしまして。それより、明日はどうするの。君の言っていたところは全て今日体験してしまったから。あっ、まだ出店があったか」


「明日は用事があるの、ごめんなさい」


「え、いいよ、別に謝らなくていいよ」

そんな、謝られることではない。

むしろ、こっちが色々謝らなければならないくらいだ。


と、そんなことを考えているとふと一つ、すこし前に会った彼らのことをいきなり思い出す。


「ねえ、上蹴坂春洋って知ってる。この前会って文化祭で何かしてくれるみたいなんだけど、なにも教えてくれなくて。外から来た葭原さんならなにか、知っているかなって思って」

彼女は僕が言葉を放つたびに嫌な顔をする。


「貴方、どこで上蹴坂うえけざか春洋はるみを知ったの……まあいいわ。ならば、貴方、緊急買い出し係だったはずよね、ずっと向こうに居なさい」

いきなり、葭原はそんなことを言い出す。


「えっ、僕まだ文化祭を楽しみたいのに」


「うるさいわね、これは忠告であり、貴方のために言っているの。貴方はずっと向こうのお店で級長さんの連絡を待って、わかった」


「う、うん。わかった」

彼女の勢いのある姿勢にすこし怖気付く。


「そう、本当にお願いよ」

葭原はそう言うと、すぐにこの場を離れた。

僕は彼女の表情に気づくことはない。

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