第二十二話 試み
図書室で、ギリシャ神話についての本をただ、めくる。いつからか、暇なときにギリシャ神話について知ろうと考えた日から続く図書室通いは今も続いていた。
制服のポケットの中からスマートフォンの振動を感じる。スマートフォンを取り出しその液晶画面を見る。
思っていた通り、開野からのメッセージで自分のクラス二年一組以外の全クラスの九月二十五日の出席簿の写真が一斉に送られていた。彼の仕事の速さに呆れつつ、それを眺めていく。
まず、一年生はだれも欠席などおらず、ましてや途中で保健室に向かった子さえいなかった。二年は体育の見学が全クラス合わせて数人で、それも体育教師の目の届くところにいた。こっそりと抜け出すことはできるだろうが、そんなことをすれば、すぐにいないことが教師にばれてしまう。
三年も同じような感じで多少欠席者がいたものの、体調不良で保健室へ、などのような生徒は一年と同じく誰もいなかった。ある意味、不可解ととらえられる現象だ。全員の健康状態が良いことが喜ばしいことに変わりはないが。
携帯の電源を落とし、本をもとにあった場所に戻しに行く。伝記などの近くに設けられている神話系ジャンルの本棚に自分の持っているものを置きなおす。そして、自分のリュックを回収して部屋を出る。
やはり冬至が近づいている影響なのか辺りはもうオレンジ色に染まっている。
早足で靴箱に向かう。靴を履き替え、いつもの癖で少し乱雑に靴箱のドアを閉める。順調に事が進んでいたものの、少し外に出て自分が背負っているものを感じ、後悔する。今から行く場所には自分のリュックは邪魔でしかならない。しかし、今更どこかに置いたとしても取りに戻るのが中々に怠い。自分の不器用さにあきれながら、そのまま校舎裏に向かう。
放送室の窓はあのときまだ開いていた。あそこから逃げ出したのだと先生方もそう思っているだろう。そして、片滌先生は捕まった。あの部屋の中を調べるチャンスがあるとしたら、それは、今しかない。
ちょうど放送室の真下あたりにくる。落ち葉がほかのところ以上に積もっており、歩きにくい場所だ。この校舎の横を大きな木が並んでおり、そこからどの部屋にでも木登りがうまい人であればいけるだろう。
軍手をはめ、大きく深呼吸する。木登りするのは何年ぶりだろうか、昔でさえあまりうまく登れた覚えがないのだがまあ、頑張るしかないだろう。
「はっ」
木に向けて跳び、一番低い幹にぶら下がる、正直に言って、もうこのタイミングで体全体がリタイアを望んでいる。が、何とか足をうまく動かしながら幹の上に立つことに成功する。そして、上を見上げ、軽く絶望する。あと、こうやり取りを五回以上は繰り返さなければいけない、という事実に頭が痛くなる。
「くっ」
ここまで自分が運動が苦手なのだ、という最初の浅はかな考えは疲労感によって麻痺されていく。
「よい、しょっ」
放送室が真横から見える高さまでのぼりきる。やはり、窓は開いていた。嬉しさをもみ消しその窓に向かって一歩ずつ歩いていく。
しかし、数歩歩くうちに後ろからメキッという嫌な音が聞こえ、心なしか自分のいる高さが下がっていることを本能で感じる。
「ああっ、と。ナイス、僕の体力」
完全に落ちるまでに跳び込み、顎を校舎にぶつけながらよくわからないエールを自身の体に伝える。
「はあ、はあ、はあ」
ここまでで、体力の八割を失われ、なんとか暗闇の教室にたどり着く。埃は相も変わらず残っていたが、やはり血痕は消えていた。ここも文化祭で使うのだろう、そんな場所に血でも残っていたら恐怖でしかない。新たな学校の怪談として増えてしまう。
「なにか、残っていないか、探さないと」
ゆっくりと重たいからだを動かし端から端まで見ていく。自分には探偵たちのようにちょっとしたものから多くの情報を得ることはできない。だから、一つずつ自分の目で見て通常の時と比べることしかできない。それは、もっとも基礎的なことであり、天才たちに勝てるところでもあるからだ。
放送室にはほとんどむき出しではないが多くの導線が通ってあり、水でもそうだが埃がたまることによって発火する可能性もある、そこのところは先生たちもなにか対策を打ってほしいと思いながら、マイクの前に立つ。
ここから、音が聞こえたのだ。大量の水の音ではなく一滴の雫。そんな音が水気のない、あってはならない場所から聞こえる。では、どこから流したのか。
「考えられるのは、外か、スピーカーのどちらかか」
すぐにスピーカーの履歴を見ていく。確かに九月二十五日のあの時間、使われた形跡があった。しかし、その音を発生した理由がわからない。なぜだ、音を発生すれば、怪しむ人が人が来るはずだ、そうなってしまえば、犯人の見つかる危険性が上がるだけだ。
いや。もうひとつだけ。
「人を呼びよせるため、という理由があっていそうだな」
そうならば。理由はわからなくても、理屈は通る。誰が最初にやってくるのか、誰が自分を捕まえにくるのか。そうすれば、必然と一つ必要なものがいる。
ゆっくりと天井の角の四方向を一つずつ見ていく。
この、僕の予想が正しければあるはずだ。
自分の予測とは裏腹に自分の心は恐怖で染め切っていた。もしも、あれがここにあるのなら…。
あった。
こちらをずっと凝視している。横に着いた赤い点滅がまだ自分が起動しているということを主張しているかのように。
監視カメラがあった。それも、学校のとは違う二世代くらい進化した最新鋭のように思えるカメラが。
走る。
窓に向かって走る。自分の脳はもうほとんど機能を停止させ、ただ本能の赴くままに窓に走り…。
そして、自分は空中に投げ出される。
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