第十六話 朝のひととき。

木曜。

寝坊という昨夜心配していたことが起こることもなく、家においてある時計は六時を指していた。

ベッドから這いずり落ち、暑い日とは思えない床の冷たさで完全に目が覚める。

よろけながらも立ち上がり、キッチンのほうへ向かう。テーブルに置かれてあった封のされ

ている袋を右手に持ち、左手でラジオの局を変えていく。

袋から取り出した食パンをトースターの上にケチャップをかけ、その上にチーズをのせる。その上、上に細かく切ったパプリカとベーコンを少量置き、トースターに突っ込む。楽々、ピザパンの完成である。

冷蔵庫から牛乳を取り出し、半透明のグラスに注ぐ。グラスの六割ほどのところまで入れ、口に寄せ一気に飲んでいく。

ラジオからは最近のヒット曲や美容関連、今日の天気予報などいつも通りに様々な情報を伝えていく。


トースターから甲高い音が鳴り、トーストを中から取り出し、皿に移す。パンのミミは数分前とは違い少し硬くなっており、チーズもほんのり横に広がっている。また、パプリカやベーコンが色彩を鮮やかにし、見た目的にもよく出来上がっていた。

トーストを日ごろの癖で角から食べ始める。パンのミミは予想通りサクッとしており、噛んだ瞬間に鼻孔にケチャップのにおいが広がり、食欲を増す。チーズとケチャップの合性はやはり良くものの一分程度で食べ終えてしまう。最後に一杯分の牛乳を胃に流し込み、制服に着替えていく。

最後に上着を着て、リュックに今日の授業に必要なものを入れていく。初めて出会ってから数年程経つ『sinθ』という文字に顔をしかめてしまうがすぐにその教科書を入れ、ほかのものに注意を向ける。


影宮先生が出張に行った前日の日にあった朝礼を思い出し、複雑な気持ちになる。

足をローファーの奥まで入れ、玄関に飾ってある鏡で自分の髪型を直す。いつもはそのまま登校し、笹橋になにか言われるのだが今日は櫛で髪のもつれを直していく。

一通り、整ったらリュックを背負い外に出る。

天気予報通り、天気は晴れで所々薄い雲が見える。住宅街なため威勢の良い声は聞こえないものの、玄関前から見える通りには少なくない数の人が歩いていた。

ドアに向き直り、カギをかける。


毎日、走っている道を今日は歩いたためいつもより学校までの距離が遠く感じる。少しずつ緑から赤色に変わっていく木々の葉を鑑賞しながらが開こうの正門に着く。

外見だけはレンガ造りである校舎は周りの色もあってかいつもより堂々と建っている校舎に自分と同じ、この学校の生徒が中に吸い込まれていく。

自分の靴箱の前まで行き中を開ける。

昨日、最後に確認したときと同様、上靴は放り込まれたままだった。

汚らしく置かれた上靴を取りだし、ローファーを中に入れ、履き替える。


校舎は昨日の橙とした明るさではなく、むしろレモン色に近い白さをしていた。中央階段をのぼり、二学年の階に到達する。一階以上に日なたが増え、途中右手で目を隠しながら四組まで進んでいく。

教室はカーテンで隠されており、前からも後ろからも、外から見ることはできない。

縦に三つずつ並んでいるロッカーの前で腰を下ろす。一番下の段に決められたロッカーの南京錠を外し、内ポケットに手を入れる。

思わず、頭に手を当て、すこしため息をつく。

そう思えば、入っているはずの携帯電話を見知らぬ男性に奪われたままだった。無駄な労力を使ってしまった。

ロッカーをゆっくり閉じてカギをかけなおす。


教室のドアをゆっくりと開けていく。どこか背徳感を感じながら、開けたその先はなんの特色もなく、いつも通りの光景だった。

いや、いつもより数倍人が多かった。たぶん、文化祭に向けての準備なのだろう。

期待した僕が馬鹿だった。


「あれ、焼きリンゴくん、今日は登校が早いね。どうしたの、宿題を学校において来ちゃった?」

すぐ横から声がする。今まで気づかなかったのが不思議なくらい近くにいた笹橋ささはしに驚きながら自分の席に荷物を置く。

彼女に話しかけようとするが、すでにそこにはいなく、看板づくりに勤しむ生徒と話し合っていた。


「ほんとだー、ヤキリ、いつも遅刻か~、どうかの~、ぎりぎり~なのにねー」


「うおっ、綿引わたびき。お前もいつのまに」


「いつのまにって~、さっきしかないじゃ〜ん」


「いや、まあ、そうなんだけど」


「で~、どうしたの~、こんな早く〜に、お得意のーちょっかん~?」

どうにも、煽られている気にしか思えない。


「そんなわけあるか。ストレスだよ、ストレス」


「え~、ヤキリが~ストレスー」

「そんなわけないじゃん」


「おい、今までのその伸ばした感じがないのはなぜ?ちょっと怖いよ」

いきなりの素の口調にすこしばかり恐怖心を煽る。


「それほど~、驚いてーるんだよー」

「ヤキリがストレスという言葉を使うなんて思いもよらなかったからさ」


「えっ、普通のことじゃないのか」

あの男は常識、と言っていた。


「まあ、そうだね。普通だよ、常識だよ、むしろ流行語になりそうなくらいメジャーだよ」

そこまで言う必要があったか。というか、そんな常識のような外来語があったのか。


「まあいいや。じゃあさ、ヤキリ」


「なんだ」


「昨日の緊急警報すごかったね」


「はぁっ」

知らない。理解ができない。

どういうことだ。何時、どんなことが起こったのだ?


「え~、知らないのー。昨日の七時くらいに。殺人鬼ー?、不審者ー?が~、暴れてるからー、外にはー絶対に出ないように~ってやつ」


「いや、知らない。その時ちょうど下校途中だったから初めて知ったよ」


「えー、七時にげこー?遅くなーい?まー、よかったね、無事で」


「ああ、本当にな」


「変なー、人とかに~、あった~?」

すこし固まる。一人、完全に怪しいやつと出会っている。

しかし、理解できない、不可解だ。

彼の素振りはひどかった、口調もひどかった。なにより人への接し方がヘッドロックからの銃で脅しである。ひどい、の一言に尽きる。完全に犯罪者である。

しかし、そうなれば、僕の命を残す必要はない。むしろ、綿引の言い分では僕を殺さないということは彼にはあまりにも邪魔である。自意識過剰なだけかもしれないが。

それに、『計画』についても気になるし、彼のいう上司の目的も今回の殺人事件に関係するかもしれない。

それに、タイミングが良すぎるし、反対に悪すぎる。

これは自分だけに留めて置いたほうが良さそうだ。


「あ、ああ。いきなり『携帯貸せっ』って言われてそのまま、帰ってないんだよ」


「あーあ、だ~めだよー。そんな人に貸したら~。すっごく、あやしいじゃーん」


「いや、貸してないって。奪われたんだよ」

拳銃の脅し付きで。


「それでもー、つよくきょひしなきゃ」


「あ、ああ。うん、今度からそうするよ」

拳銃の脅し付き、だからな。断れるわけがない。


「それで、皆は文化祭の準備か」

話題をそらす。


「うん、職員会議で最終的に可決したんだよ。なんかそれ以上に忙しいみたいでさ」


「ふーん。だけどさあ、昨日思ったこと言っていいか」


「うん、なーに」


「この時期に海って少し寒くないか」

昨日の夜に感じた寒さを思い出し、綿引にきく。


「まあ、大丈夫でしょ。雨じゃーない限りねー」


「あいかわらず、テキトウだな。まあ、俺も疑似でも海ってどんなものか知りたいからな。ところで、だれか、行ったことあるヤツはだれかいるのか。ほら、やっぱ本場を知っているひとがいたほうがいいし」


「う~ん、いないね。ゼロだね。まー、なんとかなるっしょ。もしほんとにやばかったら片滌かたでき先生に頼めばいいし」


「やっぱり、テキトウだな。おまえ」


「いーんだよ、そんなの。僕たちは遊ぶだけでいーからさっ」


「それを許してくれない、級長がひとり、いるけどな」


「そのときはそのときー。ヤキリを盾にする」


「そこは、一緒に逃げようじゃないのかよ」


「じゃあ、二度目があったら、」

綿引はわざわざ僕の前にくる。


「僕が囮になるよ」

彼の爛々とした目に存在しているはずの僕の姿が僕には映っているようには思えなかった。。


「…そうか。その時はお世話になるよ」


「こちらこそ、お世話してあげるよ」

どういうことだよ、と思わず彼にツッコむ。。

そのままのいみ~、と伸ばして言う彼に安堵感を覚える。

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