第十五話 鈍色
階段を降り、靴箱に向かう。多くの靴箱にも西日が当たり、斜めにオレンジ色と黒色で分かれていた。いつもなら廊下の照明が点いているのだが、時間の関係なのか、節約なのか人気が少ないと思われる時間帯はこの照明は消されるのだろう。
はて、と疑問に思う。
学籍番号順に並べられた靴箱の中から自身の場所の前まで行き、ゆっくりと開ける。
ローファーがなくなっていた、というような不思議な状況はなく、無造作にペアで並んでいた。靴箱からローファーを取り出し、下に落とす。カタン、という音を無視して、自分の上靴を脱ぎ、落ちたローファーを履く。右手に上靴を持って靴箱の奥に入れながら、足に感じる違和感を足を上げてつま先を床に柔らかくぶつけ、上靴ののぞく扉を閉める。校門へ向かうために目の上に手をあて外に出る。一歩、歩いていく度に西日がだんだんと身体に当たっていき、気持ち程度に温かく感じる。
やがて、首元まで当たり始め、手で目元に陰を落とす。
外に出る。外は、いつも見ている風景とは思えないくらい異常に見えた。背景が橙色に囲われ、その橙色の光から生み出される木々の元の倍の長さを持つ影。今まで等倍でしか感じたことがなかったものの変化に異常と思えてしまう。まるで、魔訶不思議で異様な雰囲気に覆われ、少しアレを思い出してしまう。
やはり、日の入が早すぎる気がする。
暗くなる一方、どの道においても規則的に立っている電灯によってその場所だけは昼間のように明るく光っていた。今にも電灯が動き出してしまいそうだ、と心の中でかの数々の童話を描いた日本で一二を争うほどに有名な作家を思い出しつつ、道路の真ん中を通っていく。辺りは、全て民家であるはずなのだがどこからも音がしないことに少し訝しむ。しかし、窓から漏れてきた灯りが見えるため、人はいるのだろう。
夕方。いや、空の明るさをみればもう既に夜中といっていいのか、七時過ぎである。まだこの時間帯であるはずなのに誰とも会わないことに疑問を覚えながら自宅まで歩く。
何か、警報でもでたのだろうか。しかし、台風が接近してきたという情報は一切知らない。それに、自分は生まれてこのかた、一度も台風を見たことはないし、台風にあったことはない。台風が見えるのかはわからないが。ましてやニュースでさえも。
いや、しかし。
僕はなぜ、台風が来ると思ったのだろう。
唐木公園の横を通る。子供たちが親に逆らってあたりが暗くなっても遊んでいるのを見たことがあるが、今日は虫の声さえも聞こえない。
少し。公園を眺めていると不気味な音を発した。
風が遊具に当たってできた音、とは思えない、靴で砂で覆われた地面を踏みにじるみたいな不愉快な音を耳から記憶に残していく。足下を見て自分ではないこと自覚した後に足を動かす。
一歩一歩、ゆっくり進んでいく。歩いていく度に音はさっきよりも大きくなり所々、普通は聞こえやすいはずの金属音も聞こえた。
音の聞こえた遊具の前に立ち、周りを見渡す。さっきよりも暗さが増したか、遠くは黒色に塗りつぶされなにも見えない。この公園のむかいにコンビニがあったのだが数日前に潰れてしまい、この地一帯がより暗くなった。
中を覗くため、腰を屈めて近づく。
一瞬。
ザッと横でなにかが動く音がしたため、何事かと横を向く前にいきなりヘッドロックされ、その反動で屈めていた腰を勢いよく戻される。
「喋るな」
その冷たい一言に従う。そうするとゆっくりと冷たい何かを頭にくっつける。自分はもちろん、相手もなにも喋らない。
「ここは旧第七実験区
深呼吸をして、話し出す。声からして男だろう。しかし、よくわからない言葉を並べられる。
「それは喋ろってことですか、勝手すぎませんか。喋るなとか喋ろとか」
「質問にだけ答えろ」
「あなたの言った旧なんとかっていうのは知りませんがここは為縛街です」
「嘘をつくな。日本国民として知らないわけはない。大日本帝国時代、日本は他の国と対抗するために八つの実験区画を設けて超越された軍隊の兵士の研究と開発をしていた。
男はここにはいない相手を貶すかのように大声で語る。
「まあ、ひとり、この計画に未練タラタラなやつによって残された資料で俺たちはここまで来たんだが、途中でいきなり戦闘が始まってみんなバラバラ。ざまぁねえな」
今度は自分を貶しながら、次々と情報を言っていく。
「俺らはここまで、掴んでいる。まだ
「い、言っておきますが、僕はそんな物騒なことに関わってませんからね。だ、だいたい学生ですし。この場所でそんなこと起こるわけないじゃないですか」
「はあっ、お前学生なのか。ならば、教科書に載っているようなことは、社会で習うはずだが。うん?ちょっと待てよ、この場所ってどういうことだ」
男が黒い物体、もとい拳銃を頭にめり込ませる。おい、やめて、ほんとにやめて。
「ひっ、そのままの意味ですよ。為縛街は犯罪件数なんか一年に五回あるかどうかですよ。そんな安全な街にましてや戦闘が起こるわけないですよ」
「犯罪行為が少ない、学生、『計画』を知らず、そして『街』か」
「それじゃあ、お前は今まで普通の学生生活を送っていたってことか」
「普通、がどれくらいの範囲かは知りませんが、たぶんそうですよ」
「……。おいおいおいおい。冗談じゃないぜ。もしかして、事件内容ってのは、いやそんなはずはない。だが、いやまてよ。今までの区画は全てつい最近の生活の痕跡があった」
「ああ、くそ。なんで気づかなかったんだ。そういうことかよ」
「あのくそ上司め、俺は戦闘特化だってのに。ああっ、考えたくねえ。こういうのって植木か倉崎の分野だってのにって、アイツら今は
「それならば、いきなり音信不通になるってことは、もしかして、最初から俺を単身でここの潜入をさせる気だったのかっ。ああくそ、あの愉悦大好き人間にしてやられた」
ヘッドロックをしていた腕を外し、男は少し後ろに下がる。
「なにか、わかったのですか」
「ああ、至極単純なことだったよ。おもしろそうだからって理由で放り出されてストレスがたまったんだよ。胃がキリキリするわ」
「あの、すみません。『ストレス』って何ですか?」
「はぁっ、お前この言葉を今の現代社会で知らないのか。ああ、あれだよ、あれ。なんかの事象によって心や身体に負担がかかることだよ」
「へえ、そんな言葉あるんですね。驚きです」
「俺はお前が知らないってことに俺は驚きだよ。普通の英単語じゃねえか」
聞こえるくらいおおきなため息をつく。そんな、特定の一単語を確実に覚えられるなんて、Apple以外にあっただろうか。
彼は一呼吸つけたあと僕の方を見る。
「まあいい。おい、お前、携帯を持っているか」
「えっ、はい。持ってますけど」
ポケットに入っていた青色の携帯を取り出す。
「じゃあ、ちょっと借りるぜ。上司にいちゃもんつけてくる」
そういうと、男は僕の手から携帯を奪い取り離れていく。
「えっ、ま、待ってください。僕、明日から」
言い終わる前にどこかに消えたのに気づく。目を離さずにいたのだが、どこにも見当たらない。
当然、まわりは暗闇に包まれている。さっきよりも濃くなっていき、自分の立ち位置でさえも不安定に感じる。
「嘘だろ。明日から朝、起きれないじゃん」
また一つ悩みのタネが増えてしまった。というか明日、いきなり一限目は
暗い中、歩いていくと明かりらしきもにが、だんだんと見えてくる。電柱だと思われる光の見える方へと歩いていく。
すこしすると、どこか寒さを感じるようになり、先ほどまで、障害物に当たらないようにしていた伸ばしていた腕が自分の胸のところに固定される。今は九月でもまだ暑さが抜けていない時期である。この場所では寒くなるのは10月末からなはずなのだが。
「このシーズンだから、仕方無いのだけ、」
不意に浮遊感を覚え、それ以上歩くことのできる足場がなくなる。
「ひっ」
脅されたつぎは転落か、と悲しく思う。
しかし、その宙に浮く時間は意外にもすぐに終わり、地面に足がつく。踏んだ感覚からして砂場に落ちてしまったのだと思い、出口を探す。
しかし、二度あることは三度ある。今度は柔らかいものにつまずき、正面に倒れる。
ちょうど、顔面硬いものが当たり、無意識に手で顔を覆いのたうちまわる。
ふと、ぶつかったものが気になり、近づいて見てみる。それは間違えるはずもなく、拳銃であった。先ほどまで見ていたものだ、見間違えるわけがない。
なにを思ったのかそっとそれを懐に入れようとする。
いや、触ってしまったからこそこれは自分が隠し持っていなければならない。
拳銃を扱うのは素人でも一応セイフティーレバー等の知識は持っている。簡単に素人目で見た安全確認をして中に入れる。
夜道は公園で感じた冷風以上に冷たく感じられた。
ポケットに冷たい異物感を感じながらも自分の心は沸々となにかが昇ってきていた。
やはり、自分は無知だ。知らないことが多すぎることに自分への怒りを強める。やはり、彼女の顔が眼に浮かぶ。そして、すぐさま首を速く横に振る。
彼女だけには助けを求めてはいけない。僕のわがままだろうがこれは絶対なのだ。
自分の行動に異常性を感じる。
らしくない、これもすべてアレが原因なのだろうか。
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