第十四話 孤狼に仲間はいらず、されど、孤独に体を晒しはしたくなく。

「うん、ああ、笹橋さんどうしたんですか」

なるべく、相手の顔を見ないように声の聞こえた方を振り向く。


「どうしたもこうしたも、君がそこにいたからだよ。知っている人がいたから声をかけただけ。当たり前でしょ」

やはり、笹橋であった。このような絶妙なタイミングで話しかけてくるのは彼女しかいない。


「だけど、それは貴女にとっては意味のなさない言葉だ。どうせ、学校全員の名前と顔の一致、それとその人の概要くらいはすぐにでてくるでしょうに。それなら、貴女は出会う人すべてに話に行かないといけなくなる。それは、辛いことでしょう」

その理論はどうかと思うがそこ以前のことを言う。彼女にはこの街での知人という概念はないはずだから。


「それもそうだね、だけど少し違うよ。だって私、転校生ちゃんのことは知らないし」


「そこで、知っていたら僕は君を今度から怪物と呼びます」


「うーん、それもいいね。キューティフルでプリティな怪物ちゃんってところかい」


「残念、君についての僕のイメージは化け狸一択です」


「そこは、狐がいいなあ」口を尖らせて僕を笹橋は言う。


「狐はもう、埋まっていますから。ちなみに葭原の第一印象は狼です」


「そこは、狐かと思ったよ。というか、なんでそう思ったの?」


「それは、あれだよ。自己紹介のインパクトとか初対面の人に対しての物言いとかで、何か一匹狼みたいなものだし。一人で事を終わらせそうだし」


「初対面の人ってヤキリ君のこと?それは、仕方ないよ、だってヤキリ君だもの」

意味がわからない。


「ヤキリ君、初対面な感じしないもの。いやいや、別に昔に会ったことがあるとかじゃないよ。なんて言うのかな、そうあれ。親しくなりやすいのじゃなくて、愚痴を言いやすい、本音が出ちゃいそうになる、そんな感じを引き出してしまう顔しているもの」


「それは、遠回しに僕の顔が他人を苛つかせるってことですか?」

笹橋を睨む。


「それは違うよ、全然違うよ。まず、イライラと本音は別物だし。まあ、いいや。どうせヤキリ君にはわからないだろうし」


「やっぱり、僕を馬鹿にしているでしょう」


「まさかぁ」

笹橋は口を横に広げ、いやらしく笑う。


「それにしても、一匹狼に、一人で物事を進める、か。けどさ、それって別に性格ってわけじゃないじゃん」

笹橋の言葉に疑問を覚える。


「なんでですか。一匹狼とかそんなのもう」

そんなのもう。その後の言葉が繋がらなくなる。

一匹狼。

一人で行動し、他者の助けを求めずに前に突き進む者たちのことを言う。

一匹狼は寂しい奴。今、思い返してみればそれは一匹狼の気持ちを完璧に理解し発言したものではなく、一匹狼を見た他者の勝手なる回答、意見。また、一匹狼は正義感のために、焦りやプライドのために、また他者との関わりに恐怖、悲壮を覚えたために、一匹狼という枠組みに入れられた行動をとる。

ならば、彼らの原因となる感情はそれぞれで山程存在する。一つにしぼれるわけではない。


「一匹狼は理由があっての一つの言動。そして原因はこの世には数え切れないほど、数えるほど存在する。その一つの原因でさえ無数の感情が出入りしている。それを一つにするなど無理に決まっている」

笹橋は壁にもたれる。その一つ一つの行動さえ真の芸術と思える彼女、から発せられる言葉は世界の真理を目の当たりにしているかのように心が惹かれていく。


「まあ、だから今回の場合、転校生ちゃんを一匹狼と例えるならば、彼女の心情はやっぱり誰にもわからないってことになるね。あーあ、またスタート地点に戻っちゃった。もう一回考え直すかい」

戸惑う。毎回、彼女に振り回されていたせいなのか自分で考えて行動するということが意識的に動けなかった。一年弱使わなかったある脳の部分を回転させ言葉を探す。考える。

しかし。

考えても何も出てこなかった。やはり錆びついていた脳を無理やり使うのは悪手だったか、頭の中ではなにかがボロボロと崩れ落ちていくだけだった。他にはなにも感じない。なにも感じられない。頭の中は暗く、白く広がっていた。


「いや、もういいです。僕には人の感情なんか理解しきれないものだってわかったことだけでも収穫です。それに、今もうこんな時間だし」

そう言い、教室の壁に設置されてある時計を指す。その時計はちょうど六時四十五分を指していた。もう、学校内は、運動系の部活の生徒か教職員しかいない。

秒針の軽い音が教室中に響いているように感じる。


「ふーん、もったいないなあ。まあそれでヤキリ君がいいなら別にいいけど。じゃあ、帰ろっか」

笹橋は静かに、もたれていた体を戻し、隣にあった机に投げ込まれたかのように置かれてあるバッグを持つ。自分の腕の下にあった数学Ⅰの教科書はその上で寝ていたためかひどく折り曲げられて戻すのに苦労する未来を想像しながら額に手をおきため息を吐く。



_____________________________________



空は赤と青の染色によって紫とはいえない不気味な色をしていた。廊下は西日によって不気味な色が映りまた陽の当たらない暗い場所と隣接しているから赤が強いダークな色が元々が白色の廊下を蝕んでいた。

二つの校舎をつなぐ連絡通路に入る。タンタンと、ゴム製で作られた上靴だからこそ鳴る足音が廊下に響き渡る。

この階の下に靴箱があるのだが、何故か笹橋を先に帰らしてまでこちらへ来てしまった。通路の四分の三を渡ったところでさっきいた校舎とは真逆に位置するもう一つの校舎の一室を窓越しに見る。黒色に染まったように見えるその一室は今にも白色の校舎を侵食し、自分さえも閉じ込めてきそうだった。

暗い場所を見ると、他も暗くなっていくと考えてしまう。このような現象をなんというのだろう。ふと、考えた疑問が頭をよぎる。やはり、わからない。自分の探究心、思考力が低いだけなのか、それとも笹橋さえも解けないほどの疑問なのかもしれない。

では、どっちなのだろうか。


「ばかばかしい」

自分の語彙力の低さに悲しみながら、最後にそう呟く。

ここから靴箱へ行くには一度どちらかの校舎に入ってそこにある階段でしか今の時間帯では降りることができない。ちなみに、自分たちの学年の靴箱はホームルームの校舎側に近い。ゆっくりと体育の授業で叩き込まれた『回れ、右』をする。

ただ、今は帰るしかないのだ。

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