第十三話 鮮赤の序章③

一階の廊下の一番奥に異様な存在感を入学当初から放つ職員室へと向かう。途中、授業を行っている教室の前を通るときは体をかがめ、教鞭をふるっている教師に気づかれないように歩く。一種の気持ちの高ぶりを心に持ちながら、その思いを頭の中から消去するために頭を振る。

そう、ついさっきの、人のあのような姿を見てしまったのだ。断じて、このようなことは考えてはいけない。


他の用務員にも会わず、無事職員室前にたどり着く。その隣にある第二会議室は職員室とつながっていて中の様子もよくわかる。すぐさま入り、ダンボールの物陰に潜み、耳を澄ませる。もう、話し合いは始まっていて口調やら話の内容からするにもう中盤には入っている感じがした。


「それで、遠嵐先生。江川さんは最終的にどっちなのですか。自殺ですか、それとも他殺でしょうか」

最初に聞こえてきたのは三年の学年主任、前田の質問だった。


「まだ、分かりません。確かに江川さんは首を吊った状態で私は見つけました。そして、そこには彼の遺書らしきものと首を吊るために使ったと思われるパイプ椅子もありました。しかし、彼の下には血が流れていました、それも腹部等からの裂かれた傷の後から。他殺の方があり得ますがどっちともとれるので確定はしない方がいいと思います」

遠嵐先生は普段から聞くことのない丁寧語を使って現場について話していた。首吊り死体―江川さんは他殺の恐れがある。それも授業時間内である。授業外ではまず人は見つかりやすい、また見つかりにくいとも言える。このような場で殺人を起こすのは難しい、ましてや学校でだ。監視カメラが設置されているということも配慮してこのような行為を起こすのは損が大きすぎる。ということは。

もしも、犯人がいた場合、それはこの学校に所属するだれかである。

「それで、遠嵐先生。貴方は一年三組で条件付確率を教えていましたよね。なぜ、そんな貴方が第一発見者なんですか」

明らかに疑うように前田が声のトーンを下げて言った。彼を関わらせてしまったことは自分にも非がある。少し額に汗をかきながら静かに息を殺す。

「なんで、とはおかしな質問ですね、前田先生。放送室のような電子機器が多く置かれてある場所で水のはじける音がするのですよ。感電をしてしまう可能性があるのに水の音がしているんですよ。誰でも異常と考えますよ。まあ、ただのビデオ音声なら可愛い悪戯で済んだのでしょうけど」

そう、遠嵐先生は苦し紛れ、ではなくむしろ堂々と最後に『そんなことも気づいてなかったのですか』と煽るように答える。流石、遠嵐先生と言いたいところだがそこに確かな矛盾を感じた。

言葉と言葉の中ではなく、現実の景色と彼の放った言葉の中に。


たしかに放送室の中で液体は流れていた。しかし、その滴っていた液体の場所とあの耳元で水が落ちているような感覚がした放送とでは明らかな滴る液体の場所には決定的な距離があった。

だから、誰かが、もしくは本人がその水の滴る音声を流さない限り、あの現象は起きないのだ。


流したのが殺人者なら、誰かに殺人現場を知らせるため、と考えられるがもし、流したのが本人だとしても、何故それを行ったのか。そこがわからない。それほど、誰かに自分の姿を見て欲しかったのだろうか。


ここまで考えて、自殺という説は限りなくゼロになっていた。ここまでの発想はだれでもできる、こんな簡単な謎をなぜ仕掛けたのか僕にはわからない。間違った推理かもしれないということも頭の片隅に置いて一度、肩の力を抜く。


謎。この学校にいる容疑者。自殺か他殺。意味のない放送と奇妙な滴り。そして、時間稼ぎにもならない遺書。

まだ何も解決していないことに深く息を吐き、会議室から慎重に出る。

やはり、廊下は嫌なほど透き通っていた。


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やはり、いつもは感じない緊迫感によって僕の頭がショートしたのか今日はいつもよりも数時間少なく感じられた。


そう感じられたのは空が赤暗く光っている時だった。五、六限目の授業はまるで頭に入らずただ、教師の声よりもセミの鳴き声の方が数段うるさく聞こえた。

誰も、いない。

今だけは自分が、孤独だったことに安堵しながら少し、悲しく感じた。

ヒトは孤独であるとき、最も能力値が上がるがそれとともに最も能力値が下がる。だから、ヒトは集合を作る。たとえ、少し能力値が下がったとも、それを他のヒトと補えるからだ。


よって、だから、人に言えない僕は弱いんだ。


少し、笑みを作る。色々混ざり合って何で笑っているのかわからないがただひたすらに。ひたすらに。

悲しい。


「なあに、辛い顔してるの。ヤキリ君」

後ろ。それも真後ろ。距離は一メートルもない。すぐ後ろから声がして、僕は後ろを振り向き、バックステップをして距離をとる。


そこには、今一番会いたくない人がいた。

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