第六話 隣席

彼女との会話のあった金曜日を最後に僕にとってインパクトのある出来事はなかった。いつも通り友人と駄弁り、授業を受けて、そして級長に絡まれる。これが、『井の中のカエル、大海を知らず』なのかとクマさんとの不思議な会話を思い出し、一瞬考えもするがまわりの人たちがあまりにも元気に暴れていたため、そんな思いも吹っ飛ぶことになった。

そして約一週間経った月曜日、二週前の金曜に影宮先生が出張したため今日から臨時の担任として片滌先生が務めることになっている。正直不安でしかない。この学校ははっちゃけた生徒が多いため超真面目系の人間には舐められているふしが所々ある。


もう一つ、出来事があったとすれば、それなりのことがあるとすればあのコンビニがとうとう潰れたことだろう。まあ、あのような店員がいたら店が潰れることは目に見えていた。今ごろ、彼女も新たな職場を探して歩いているだろう。



始業のチャイムが鳴り、生徒たちも会話をやめ席に座っていく。彼らの表情はいつもより険しく緊張しているのがわかる。なにせ、超難関といわれる大学を卒業したエリートが来るのだ。この街の高校を卒業した人の九割九分九厘はそのまま、大学には行かず為縛街で働く。残りの一厘は不思議なことに消息が不明とされているのだ。しかし、国が預かっている、という噂をどこかで聞いたので彼らの親御さんも安心だろう。


席に座り、自分も他の生徒共々前の教卓を眺め、先生を待つ。すると、前のドアが開かれた。

そこには僕たちと同じ制服を着た美少女が立っていた。長髪の黒髪に整った顔立ち。しかし、その瞳はこの世すべてを憎んでいるかのように思えた。

彼女は教室の中を眺めると僕のとなりの空いている席で立ち止まる。みんな、見慣れない彼女をじっと見ていた。そして後ろにいた僕の方を向いた。


「ここは、私の席?」


「えっ、ああ、君の名前は?」


「私の名前は葭原凛よしはらりん。で、どうなの」


「あ、ああ。たぶんそこだよ」


「そう」

彼女をそう、言い終わるのと同時に椅子を引き、座る。

彼女が噂されていた葭原なんとか、改め葭原凛だろう。隣をチラッと見て彼女の様子を見る。言えるのはまさに孤高の花。どんな環境においても凛と咲き誇り、他を寄せ付けない。まさにそんな人物のように思えた。


「なに、私のことを見て。おもしろいの、他人を動物園のパンダのように見て」


「あ、いや、気に障ったのならごめん。一度も来てなかったから、なんで今日来たのかなって思って」


「ただの気まぐれよ。ほら、パンダとかもそうでしょ」

彼女はさっきからパンダを例えに使ってくる。

「パンダ、好きなの?」


「いいえ、むしろ嫌いよ。あんなにチヤホヤされているのに彼らは本能のおもむくままに動いているのよ。私、嫌いなの。神経が図太い人は。何にもわかっていない。自分は分かっている、君の理解者だ、とか言ってくる人は。ほんと、何にもわかっていない。理解していない。頭、働かしているのかしら」

葭原は顔を歪めて、答える。静かな教室にはよく響く声だ。


「そ、そうか」

彼女の闇が垣間見える。


「ねえ、一限目はなに?」


「えっ、とたぶん公民だったと思うよ。あっ、けどその前に代理の担任の話があると思う」


「……そう、その公民は社会の裏でもこの授業は暴くのかしら」


「えっ、あ、うーん、ただ、憲法などについて学ぶだけだと思うよ」


「そう、あなたたち、哀れね。やっぱり怖いわね、無知というものは」

しかしながら、彼女は哀れんでそうに、ではなく呆れた表情でそんなことを言った。


「そんなこと言っていたら、友達できないよ」

馬鹿にされているのだろう、すこし忠告する。


「いいのよ、そんなの。友人なんか必要ないわ、足枷になるもの。もちろん、恋人やら仲間も論外よ。だって、生きることにおいて必要ないじゃない。これだから、人間は甘いのよ」

そう言う彼女の顔はまるで見てきたかのように遠い目をして答える。


「そう、ですか」

そう言った途端、廊下からローファーで誰かが歩く音がする。まわりも先生が来ないことに安堵していたもののこの足音に体を大きく震わせすぐさま正面を向いていた。この学校の先生たちはほとんどスニーカーを履き、生徒たちは上靴、ならばこの足音は、僕たちの代理だけど新しい担任の片滌先生だろう。

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