第五話 クマ
笹橋との図書室での出来事が終わり、僕は彼女に告白紛いのこと、ではなく図書室で大声を出してしまったことに
悶々としながら学校の校門を出た。
九月ながらも五時なのに空は青白に染まっていた。
いや、奥の方は紅色になっている。冬が近づいている証拠だろう。
僕の家はなぜか一人暮らしなので自炊しなければならない。なのだが、今日は作る気になれずコンビニで買ったもので済ませることにした。
高校とこの街唯一の病院の中間あたりにあるコンビニに立ち寄る。このコンビニは学生の溜まり場となっているのだがあまり儲かっておらず、一度潰れてしまうという噂も出回っていたがなんとか持ち直したのかどうかわからないが今もなお続いている。
店内に入り、入り口からよく見える弁当売り場に足を向ける。ここのコンビニは先ほど説明した通り潰れかけたはずなのだが弁当のバリエーションは多く、というかこの前よりも増えている。種類を増やして客を増やそうとする魂胆なのか質は冷凍食品にしか見えなかった。
その豊富なバリエーションから僕はタルタルソースのかかった唐揚げ弁当を手にとる。ここの唐揚げはすごく柔らかく蕩けるように美味しいので今日のように自炊したくない日はこれを毎回取っている。中腰の状態から体を持ち上げバランスをとる。
「そんなものを食べていると体に悪いぞ、青年」
いきなり、後ろから声を声をかけられ、驚き後ろを振り向く。そこにはこのコンビニの制服を着ている女性がダルそうに立っていた。
「えっ、あの」
「だから、それを食べていると体に悪いぞ、青年。その中になにが入っているのかわからないのに取るとか君はあれか、アホウドリか」
いきなり話しかけたのに、なぜか罵倒されている。アホウドリは関係ないだろ。
「そんなこと、店員さんが言っていいんですか」
「ふっ、そんなこと当たり前だろ、わざわざ危険物を取ろうとしている若者を助けているんだ、感謝しろよ」
いや、そういう問題じゃねえよ。
「ちなみに、その鳥の唐揚げはウサギ肉で、そっちのトンカツは蛇肉で作られている」
「マジで」
「嘘に決まっているだろ、青年」
ならば、なぜ嘘をついた。
「嘘かよ、というか貴方は本当に店員なんですか?」
「いいや、オレはそんなちっぽけな存在じゃねえよ。オレは哀れな子羊に新たなる包丁を携えさせる救世主さ、安心しな」
「全然安心できねえよ」
哀れな子羊に包丁とかなにをさせる気なんだ。
「ハハハッ、面白い反応だな、青年。特別にオレのことはクマさんと呼ばせてやろう」
面白い反応もなにも常識人なら、同じことを考えるだろう。
自称クマさんはさっきのダルそうな表情と、打って変わってキリッとポーズを決めてこちらを向いていた。
「いや、別にそんなこといいです」
というか、なんでクマさんだよ。
「萌えるだろ」
「萌えねえよ」
「つれないなあ、青年。なんだ、今、便秘か、それとも下痢か」
「もしも、この場でどちらの性別も逆だったらそれ、セクハラですよ」
「大丈夫だ。オレの今までの行いによって挽回可能だ」
「無理です。むしろ、有罪判決が全員一致されて終了です」
人を騙したりとか弄ったりしている奴が一番信用ないんだよ。あれ、どこかでそんな奴いたような気がする。
「…そうだ、知ってるか、青年。近頃、
空に彩色は消え、黒い墨汁が広がるように空は夜へと変わっていく。辺りは人工的な光が主張するなか。
いきなり、クマさんが棚に並んでいたカップ麺の一つの蓋を開け、店内の裏から持ってきたのか沸騰している水を入れ始めた。おい、いいのか店員。
「いえ、そんな事件、というか街すら知りません。知っていたとしても僕の級長くらいでしょう」
この街の人々は東京と大阪、京都ぐらいのものすごく有名な土地くらいしかしか知りませんからね、と後付けしながら答える。
「そうか、知らないのか」
彼女はポイントカードの登録をするための机にカップ麺を置き、タイマータイマー、と呟きながら答えた。
「意外と大きな事件だったんだぞ。だってそのあと街が機能しなくなったからな」
パーだぜ、パー、と手を上にあげる。パーってなんだよ。
「そんな、大きな事件が起こっていたのなら歴史の授業で教えてくれてもいいのに」
「そりゃあ、無理だろ。五ヶ月ぐらい前の出来事なんだからな」
「それならさ、新聞はどうした。あれにはトップ記事として載っていたはずだ。」
クマさんが首だけをこっちに向けながらそう聞いてくる。
「この街にはありませんよ、新聞。知識として知っているまでです。あっ、でも学校新聞なるものはあります」
「…そうか、ちなみにその十一ヶ月前には隔離ぎみだった
もっと、パーだな、と彼女は言う。
だから、パーってなんだよ。
「へー、物騒ですね世の中。知らない都市ですけど。日本は今、他の国に狙われているんですか」
「そうなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。まあ、あれだ。気をつけろってことだな。おっ、完成した」
そう言って、カップ麺の蓋を投げ捨てると食べ始めた。クマさんが反対方向を向いて食べているのでどんな様子かわからないがズルズルと音がするので不味くはないようだ。
「というか、他に良いニュースとかないんですか」
そう聞くと、ズルズルの音が聞こえなくなり、次にゴクリ、そしてゴホンと咳をする音が聞こえると話し始めた。
「一応、あるぜ。そうそうあれだ、あれ。えっ、となー、なんだっけなー、ああ、思い出した、あれだ。内閣総理大臣が変わったぜ。それも今年の議会で最も発言力があったやつ。位的にではなくて社会的にだ。すごかったぜ、なんとそこの党、他と差をつけ、選挙での投票率八十パーセント超え」
そして、またズルズルとすする音がする。それだけ政党が獲得した票が多かったのか。日本が笹橋の言ったハッピーな世界に一番近いのかもしれない。
「まあ、いいです。これにしますからレジの方で待機してください」
「あいよ。オレもちょうど食べ終わった」
そう言った彼女はやはりダルそうに向かって行った。
彼女の待つレジに向かい、代金を支払う。その手際は曲がりなりにも店員だったのかスムーズに終わった。
「ああ、そうだ。気に入ったからひとつだけアドバイス」
彼女は僕を止めてそんなことを言った。
「背後には気をつけろよ、さっきも言った通りこの頃殺人事件が多い。殺人においてその部位は一番殺しやすいからな。それと、今度会った時は
恥ずかしいからな。と彼女は頰をかいてそう言った。やっぱり恥ずかしいのかよ。
今度会った時はやはりクマさんと呼ぼう。
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