第四話 図書室
先生との話し合いが終わった後、図書室へと向かった。
来月行われる文化祭での出し物を、今日の
廊下の角を曲がり少し歩くと図書室の看板が見える。勉強中や読書中の人に気づかい、ゆっくりとドアを開け、入っていく。
そして、級長である笹橋を探す。
左端から順に部屋全体を眺めていると窓際の席に彼女の姿を見つける。他の人の邪魔にならないよう歩いていき、彼女の近くまで歩み寄る。
と、彼女も僕に気づいたのかこっちを見ずに本に栞をさし、片付けた。
「すみません。遅れました」
「…やっと、来た。ほんと遅いよー。どれだけ待ったかわかってるの?焼きリンゴくん」
彼女、笹橋は振り向くと、リスのように頬を膨らませ、不機嫌であることを強調する。あざとい。
「ですから、謝ったじゃないですか。というか焼きリンゴはやめてください。せめて、焼きなしくんにしてください」
「嫌だね。これは罰ゲームとでも思っていてくれたらいいよ」
彼女の頑固なところに少しめまいがする。
「はあ、で決まりましたか。出し物は何にするか」
話を終えるために話題を切り替える。
「いんや、全く、なんにも、考えてないさ」
笹橋はやれやれと言いたげな表情で首を横に振る。
すこしは考えていて欲しかったのだが。やはり彼女は自由すぎる。やれやれ、と言いたいのはこっちの方である。
「…それなら、さきほどまで何をしていたんですか、貴女は」
「ちょっと興味深い本があってね」
と、言いながら先ほど読んでいた本を見せてくる。その本のタイトルと表紙からライトノベルで確か恋愛バトルものであり、その評価について友人の一人が自慢げに語っていたことを思い出す。
「笹橋さんもライトノベル、読むんですね。少し意外です」
「いんや、読まないよ。今回が初めて。あっ、もしかして君は純文学しか読まない派?それとも、純文学しか物語と認めない派?」
「なんですか、その二択。ふつうになんでも読みますけど」
「ふーん、じゃあ、これ貸してあげるよ。あっ、もしかして読んだことあった?」
彼女は横に置いていた栞を素早く、開いていたページに差し込み、渡してくる。
「ありません。ですけど、さっき見たところ、まだ数十ページほど残っていたように思えたんですがいいんですか」
彼女が栞をさしたのは中途半端な場所だった。あの位置は普通の小説でいうところのエピローグよりもはるか前、クライマックスが始まるシーンくらいにさしたと思われる。
「うん、別にいいの。最終的にハッピーなエンディングにならなかったから」
「だけど、僕は友人からハッピーエンドになると聞きましたよ」
これはまぎれもない事実である。友人、オタク文化に呑まれた開野の話からは、ヒロインが誘拐され、主人公も怪我を負うがそれでも最後で主人公が覚醒し、ヒロインを助けて物語は終わったと熱く語っていた。というか、ネタバレしないで欲しいものだ。
「いんや、違うよ。全然なってなかったよ。だって、作中の敵役の女の子がこのシーンで身代わりとなって死んだもの」
しかし、笹橋は片手を本に置いて否定する。
「だから、たしかにハッピーエンドにはなると思う。だけどハッピーなエンドにはならなかったよ」
「その二つは違うのですか」
ハッピーエンドとハッピーなエンディング。
「うん、そうだよ。まったくもって別物だよ。ハッピーエンドとはつまり、主人公から見ての結果が幸福に終わること。だけど、ハッピーなエンドは違う。誰もが良いエンディングを迎えることなんだよ。ね、全然違うでしょ」
ダメダメだなぁ、と彼女は手を横に振る。
たしかに、そう言われればそうなのかもしれない。だけど……
「だけど、それはあまりにも難しくて不可能に近いんじゃないですか。主人公が勝てば悪が滅び、悪が勝ったら、主人公もろとも世界も滅びる。言い方を変えれば主人公が勝てば悪がバッドエンドで、悪が勝てば主人公側がバッドエンド。そんなのは、ファンタジーじゃないこの世界でも言えることです」
誰かが喜べば、誰かが悲しむ。誰かが恋をすれば、誰かが傷つく。そんな理不尽な世界なのだ。
「そう、だね。なんせ、今は差別がある、人種がある、心がある、喧嘩もある、賭けもあるし、国という区分さえある。人々が変わりすぎているため、全員の心が一つになるのは難しすぎる問題だ。だけどこれは私の自己満足、私がただバッドエンドを見たくないだけ、そのためだったら自分だって殺してみせる。君ならどう考える?どう……行動してくれる?」
そう言う彼女の目には僕でもわかるほど焦りと迷いが見えた気がした。
だけど、そうではない。そう、ではない。たしかに彼女の言っていることはあっている。僕は、席を立って外へ向かおうとしている彼女に向かってここが図書室であることさえ忘れて言う。
「笹橋さん、自分を見捨てたらダメですよ。だってそんなことしたら、僕がバッドエンドになってしまいますよ」
この言葉の真意が届いたのかこの時わからなかったが彼女は顔だけをこちらに向けて一言放った。
「もしかして、今の告白?」
「あっ、えっ、あの、いえ」
そう、しどろもどろになる僕にふふっ、と彼女は微笑んだ。その顔は今までに見たことないほど美しいと生涯僕は思い続けるのだろう。
「冗談だよ、冗談。あっ、それとこの世界がファンタジーじゃないって決めつけたらダメだよ。決めつけがこの世を分断しちゃているんだから」
そう言って彼女は出て行った。
少し、僕も放心状態になった後、居心地が悪くなり、すぐさま図書室を出る。
文化祭どうするのか聞いていなかった。
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