第二話 依頼
遠嵐先生の授業を真面目に受け、その後影宮先生に首を絞められ、と忙しい時間を過ごしていると辺りが昼間より暗くなっていた。
いつのまにか、放課後である。
隣の席はやはり、来た時も、授業を受けている時も、そして当然今も、空いていた。
隣の席の人の名前は確か葭原なんたらというらしい。興味のない情報だったので下の名前は覚えていない。
彼女の顔を見たことがある人はクラスにはいないだろう。始業式も出席しておらず、そして今に至る全ての授業にも出ていない。そのため、隣の人との行動や作業はいつも一人で行っていた。
だから、興味はない。ないのだが、出会ったら一発、パンチを喰らわしたい。
しかし、彼女と出会っていたとしても名前を聞かぬ限りその人が本当に本人かはわからないので結局その人が投稿しない限り、パンチはお預けである。
思考が冷めていく。
そういえば放課後であることにもう一度気づいたのはその十分後であった。ふらっと立ち上がって教室のドアの前まで来る。
教室は自分の引いた椅子の音とその椅子を戻したときに机と当たった音が反響している。
ちょっと耳に音が残るものの、そこまで重要なことではないので今日の夕食の献立を考えながら無視して、教室の戸を引こうとする。
しかし、戸は自動的に開かれた。ポルターガイスト現象でも起きたのかと思い、周りを見渡すが誰もいない。
そして、前を向き直し顔を上げると影宮先生が顔をしかめて立っていた。
「こんにちは、影宮先生。何かここに用ですか?」
「この場所じゃなくてお前に用があるんだよ、月見里」
彼は間髪を入れず、答える。彼の言葉になにか心当たりがないか、記憶を振り返る。
「もう、朝の件では僕は貴方に首を絞められて死にかけていたんですが、まだやり足りないのですか?一応、言っておきますが僕はMではありません。強いて言うならばSです」
「そんなこと聞いてねえわ」
まじめに先生は返していく。
「まあ、ここでは話しにくいからちょっと生徒指導室に来い」
「やっぱり、叱るつもりでしょう」
「違えよ」
先生は鬱陶しそうに頭をかきながら、いきなり、何処かへ歩いていく。
なんの説明もなしに歩いていく先生を訝しながら彼についていく。
この時に、走れば流れるのではないかと馬鹿な考えが生まれてくる。まあ、後のことを考えればしないほうがましだ。
指導室の中に入り、やはり先生は指導する側、僕は怒られる人が座る側に座った。
「で、なんの用ですか。生徒拉致して」
「拉致してねえよ」
「もういい、単刀直入に言う。俺、二ヶ月ほどここを離れるから」
「……」
「……」
あまりの発言に言葉を失う。
「ふーん、そうなんですか。言ってらっしゃいませ、もう二度と戻ってこなくてもいいですよ」
「この頃君、先生に対して冷徹じゃない。もっとリアクションがあってもいいと思うんですけどっ、思うんですけどっ」
なにか、変な物でも食べたのだろう、先生はバカっぽいことを言う。
「こんなマヌケな発言が彼の最期になるとは誰が思ったのだろうか」
ついでにと、へっ、と笑いながら声に出す。
「先生に対して、死亡フラグを立てない。マジで怖いから」
「そのマジは本気って書いてマジって読む方ですか、それともマジって書いて本気って読む方」
「うーん、本気って書いてマジって読む方かな、って何言わせているんだっ。というか、その二つにどんな違いがあるのだよ。あと、タメ口。俺は教師でお前は生徒なのだが。ああもう、本題に戻るぞ、本題に」
むりやり、話題を変えようとする。
そう言って、彼は積み上げられた書類の中から一、二枚の紙を危なげに取った。
「こいつについてだ」
嫌なものでも触るかのようにその書類を投げ渡たしてくる。もっと物は大事にしろよ。
「えーっと、名前は
「まあ、そいつが俺のいない間の担任をつとめるやつだよ」
先生は窓の外を見ながらぶっきらぼうに言う。
「……」
「……」
静寂が生まれる。
「先生、この人のこと嫌いでしょう」
「うぐっ」
カエルが潰れたような声を出す。図星だったようだ。
「はあ、これだから近頃の先公はー」
「何『これだから、近頃の若者は…』みたいな口調で俺を罵倒してんの」
「それが、自分の使命だと感じたからです」
「なに、お前なにか軍にでも所属しているの?」
「はい、ちょっと異形のモノたちと日々殺し合っています」
「どこの戦場だよ、そこは。化け物もエイリアンも巨人も悪魔も吸血鬼も出てこねえぞ」
「えっ、そうなんですか」
「お前、あれか。新種の馬鹿か」
先生は呆れたというよりもげんなりした顔でこちらを向く。誰かにいじめられているのだろうか。
「馬鹿とはなんですか、馬鹿といった方が馬鹿なんですよ」
「言い訳がガキすぎるぞお前」
「ガキじゃないですよ、僕はもう立派な大人です」
「嘘つけ、お前みたいな大人がいるわけないだろ」
「それを言えば、先生もそうでしょう。先生まだそんな歳になっても親からクリスマスプレゼントとお年玉はもらっているじゃないですか」
「もらってないわ」
「だけど、先生。明らかにこの前のお正月、持ってましたよねお年玉って書かれた今なお大人気の魔法少女系アニメの封筒を」
「いや、違うんだ。あ、あれはな。あっ、だけどあれは楓からで」
しどろもどろに先生は言う。
「先生、その、楓さんってもしかして、」
「違う、違うからな、あれはな、そうっ、妹の楓からなんだ。あいつほんとアニメ好きでさあ」
『そうっ』などと言ってしまった先生はしどろもどろに言う。
「う、うんっ。もう、いいだろう、この話題。で、まあ話を戻すが、コイツは知り合いで、ちょっと訳ありなんだ。だから、コイツが暴走した時に止めて欲しい。それだけだ、いいな」
「いやです。絶対にいやです。なんで、そんな面倒そうなことを僕に言うのですか、というか暴走って。そんな少年漫画でも滅多に見ないことが起きるわけがないじゃないですか」
「……あるんだよそういうことが。それと、この件について心当たりがお前しかいねえんだ」
先生は妙に真剣な表情をして答える。
「いや、僕よりももっと適任な人が一人は確実にいるのですけど」
「いや、アイツは今回の場合はダメだ。だから、お前しか居ねえんだよ。
「いや、だからあの人以外にも他にもっと良い人が。というか先生方に頼む方が、」
「ダメだ。いいから黙ってやれ」
「いや、だけど、ほら」
「やれ」
「えっと」
「やれ」
「……。はい」
「そうかそうか、やってくれるか。それなら安心だ。あ、あともう一つお前に頼みたいことが、」
「まだ、あるのですか」
「…いや、大丈夫だ。すまない、何でもないんだ。そういうわけで、お前に後のことを全て託す。…頼むぞ」
決心した顔で先生は言う。なんだよ、それ。先生なんか嫌いだ。
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