第一話 遅刻
➖約二ヶ月前 八月下旬➖
唐突に。
遅刻はなぜしてはいけないのか。役に立たない自分の脳がそのような疑問を吐きだす。
そして、心をそのいきなりの問いが埋め尽くす。
確かに遅刻をすると何か空気が乱れるとか示しがつかないとか言われたり、思ったりするのだが、それはそれでいささか窮屈な学校生活になるのではないかと度々考える。
学生の本分は勉強とはよく言うがその勉強をするためには一番快適に過ごせるときを作らなければならない。
そのためには時間という制限を無くした方がいいのではないかと僕自身、学生だから思う。
遅刻は遅刻で一見遅れてきたやつと思われがちだが見方を変えると勉学に励んでいて時間の流れを気にしていなくて遅れた、という風にも見えることがもできると思う。
というか、僕が一番そう考えて欲しいと思ってしまう。
また、人間にはもっと自由というものを感じた方がいいと思う。特に僕ら日本人はもう人とは定義されず『働きアリ』とか人として見られてないぐらいに働くという呪縛に取り憑かれているからもっと自由に行動していいと訴えたいぐらいだ。
結論、せめて人と定義されるまで頑張ろう。
はっと、意識を、戻す。思考が正常に戻り、いつもの見慣れた自分の部屋の景色がはっきりと視界に映る。
やってしまった、と隣にある時計を見ながら後悔し、嫌な汗をかく。
ある特定の言葉に反応し、その言葉について深く考えてしまう僕の欠陥だらけの思考によってまた重要な時間を失った。僕が『ああ、寝坊した。やばいよ、遅刻しちゃうよ』という考えなんかに囚われてなければこんなことにはならなかったのだ。
今の時刻は午前八時二十三分。
僕の学校では朝礼は八時二十分に始まるのだ。
この二つの仮定(事実だが)を繋げて証明出来ること、それは。
もう遅刻確定だということだ。
いやな汗が額を伝う。今日の一限目数学、すごく怖い先生が担当だったことを思い出す。
もし、そんなところに寝坊で遅刻してきた生徒一名(僕のことだが)がやって来たのならば、どうなるかはご想像の通りである。
ああ、今ここで自分の命が終わりそうな予感がする。
深呼吸をして、息を落ち着かせる。
もう、することは一つに絞られる。腰を低くし、そばにあるリュックを手にとる。
ダッシュ。
そう思った瞬間、三秒で用意をして靴を履く。靴はローファーなのであまりスピードが出せない。なぜローファーなのかは教師陣曰くかっこいいなどきちんと礼儀正しそうだ、と語っていた。
自分たちはラフな格好、又はジャージ、そして、普通の運動靴。この前なんか、Tシャツに短パン、そしてサンダル(クロックスだった)で授業を始めていた、というのに。
こうして、苛ついて七秒。
またまたローファーの雑学だが(実証済み)全速力ダッシュしたら多分開始五秒で転んで顔面強打するだろう。もちろん経験則、ちなみに僕。
そうこう思いながら微妙なスピードで通学路を走る。
こういう場面で角から美少女が飛び出してくるのがテンプレと呼ばれるものなのだがそんなこともなくすぐに学校に着いてしまった。
今の時刻は八時三十四分、一限目は四十分からなので余裕で間に合う。
そこまで履き替える時間はかからずすぐに教室の前まで行けた。
スピードは落とさずに(落とせなかったのだが)そのまま教室に入る。
「セーッ「な訳あるか!」いたっ!」
教室に入ってそのまま席に座ろうとしたがチョークやハリセンとかで叩かれたのではなく黒板消しが飛んできた。
誰が投げたのかは、はっきりしている。教壇の上に立っているボサボサと伸びた長い髪、百八十センチメールと一般人男性より比較的高い身長を持つあの男。彼の名は
そんな彼は、定番であるチョーク投げではなく、かわりに黒板消しを投げた。チョークを投げろよ。
遅刻以外でも彼に黒板消しを投げられるからか、もう当たり前のように感じてどこか穏やかな気分になる。僕はマゾじゃないはずなのだが。立派な青春真っ只中を、送っている純粋な男子なはずだ。
「べ、別に遅刻ぐらい良いじゃないですか。なんで遅刻したら悪いんです、
そうか遅刻という言葉が悪いんだ。遅刻が差別用語だからみんな間違った考えをしているんだ。だから、結論、僕は悪くない!」
盲点だった、と額に手を当て思う。
「うるせえっ。口答えするな。何勝手に罰を免れようとしているんだ」
「ぐぬぬ、それでも教師か!」
苦し紛れに反論する。
「教師だからこそ今ここで指導しているんだろうが」
ウガアッと先生は怒りの形相で言う。
「指導とか言って、どうせイライラしながら愚痴を僕に言うだけだろ!」
「仕方ねえだろ、というかだいたいお前のせいで俺に疲れが溜まっているんだよ」
「知りませんよ、そんなこと。そんなに溜まってるんだったらゲームセンターでも温泉でも風俗でもマックでも行っとけ」
「ゲームセンターと温泉と、……風俗は置いといて、なんだよマックって。なにか遊ぶところでもあったか」
「何言っているんですか先生。どうせ先生のことだからマックで無駄にデカイLサイズのジュース買って、それを店員から渡されたら、即座に中身を店員にぶちまけて逃げたり、とかしているんでしょ」
「してねえよ。お前から見た俺はどんなやつだよ」
「クズ下衆馬鹿アホ鬼畜暴力バカ無能単細胞変態無駄なメガネ伊達眼鏡女性に尻に敷かれている男」
「子供かっ。ほとんど苛つく言葉だが何、文字の中に変態紛れ込ませているんだよ、あと途中から眼鏡の悪口だろ」
綺麗にツッコミをする。
「チッ」
「今、俺に聞こえるぐらいの大きさで普通に舌打ちしたろ」
「スイマセーン、ハンセイシテマース」
ハンセイしてまーす。
「ぜってえ、反省してねえな、オマエ」
「いえいえ、それはもう影宮スーパー大先生の御言葉を心の奥隅にちょこっとだけ何か言っていたような気がする、いや何も言っていなかったと思いながら心の中で感動していたところですよ」
「おい、なんだよ“ちょこっとだけ何か言っていたような気がする、いや何も言っていなかった”って最終的に忘れているだろ。無駄に一昨日中学時の復習として出てきた国語の反語を使うな。反省も感動もクソもないじゃねえか」
「……てへぺろっ」
許されかと思い、試してみる。
「マジで苛つくからやめろ、殴りたくなる」
無理だったようだ。
「先生の顔面の方が苛つくから殴りたいです。というか先生の全身を見ていたら苛つくんですけど。もちろん、心も」
「俺の全てが否定されたように思える。って、こころみえねえじゃねえか」
「それと先生」
「…今度はなんだ」
「
「えっ」
サビれた機械のようにギギギっと、後ろで、影宮先生は手を組んで立っている大男の方を向く。遠嵐先生とは学校には一人はいるような数学の怖い先生である。この先生怒らすと命を心配しないといけない。
影宮先生が遠嵐先生に注目している隙に自分の席に着く。
「おい、影宮。覚悟はできてるよな。言い争うのはいい。だがな、今はもう俺の担当の時間だ。若えチンピラどもがピーピー喚くんじゃねえ。ここから先は俺がトップだ、ボスだ、神だ。なにオレのことを無視して騒いでやがる。とっとと失せろ」
まさにヤンキーである。彼の顔はヤクザかと思ってしまうほど厳つい面だが(本物のヤクザを見たことはないが)たまにものすごい良い名言を残すので慕っている人も多い。
「ハハハハハ、はい……」
ちなみに言っておくと影宮先生の教師歴七年に対して、遠嵐先生は三十四年。この学校では今年で六年目。やはり影宮先生は先輩には立ち向かえないのだ。
「それじゃあ、お前ら授業頑張れ。あと、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます