新第17話 停戦協定

「はっはっは! 宴は楽しいな! 皆もそう思うな?」


 「はい、ミネルバ様」


 「そうであろう、そうであろう!」


 白く濁ったお酒を大きな皿に入れ、それを片手で口に運ぶと、ガブガブと浴びる様に飲む女性が、側に居る小柄な男達に空いた皿にお酒を注がせる様に促す。否、小柄な男達ではなく、彼女自身が他の人間よりも大柄な女性であった。両膝に乗せた可愛い女の子達も皆、平均的な身長である。


 「っく~! ……今宵も酒が美味い! おお、そうだ。例の侵入者を捕らえたと聞いたが?」


 「はい。連れてきますか?」


 「いや、せっかくの宴だ。楽しみたいであろう?」


 「は! ありがたきお言葉! ──っと、新しいお酒、持ってきますね」


 そう言って男は立ち上がると、薄暗い廊下に出て、少し先にあったケースの中から、替えの酒瓶を取ろうと手を伸ばした瞬間──


 


 グサッ!


 


 「ッ!?」


 背後から何者かに背中を刺され、そのままバタリと倒れた。その様子を刺した犯人が血の付いた鉈の様な刃物に顔を近づけると、男の血をベロンと舐めた。


 「……君は………………」


 犯人は小声でそう言うと、再び廊下の陰に吸い込まれる様に消えていった。


 


 


 


 


 ──一方、シエテ達。


 「よし、こっち」


 「うん」


 地上へ出る扉を開け、ゆっくりと進んだシエテ達は、捕まる直前に居た廊下まで戻って来た。が、今回は少し様子がおかしい。


 「……ねえモグ、何か匂わない?」


 「匂い? スンスン……。言われてみれば少し焦げ臭い様な……」


 シエテ達が辺りを警戒しつつ、匂いの元へ進んでみる。すると──


 「ッ! モグ! あれ!」


 黒い煙が充満し、ドアの隙間から漏れ出した部屋を発見する。潜伏していることを忘れ、すぐにその部屋へと向かうと、布切れで口元を押さえ、その場に蹲っている女性がまだ部屋にいることを確認すると、シエテが肩を貸し、モグのスキルで煙を吸わせない様にバリアを張ると、ゆっくりとその場から離れていった。


 「もう少しです! 頑張って!」


 「シーちゃん、一旦ここに!」


 煙が届かない倉庫の様な部屋に女性を連れていき、ドアを閉めた。


 「はあ~。何とか、助けられた……。大丈夫ですか?」


 「は、はい。あ、ありがとうございます」


 思わず顔が綻ぶ。だがそれも束の間、女性が隠し持っていたナイフを取り──


 「ッ!?」


 「これの事かい?」


 モグが得意げな顔をしながらナイフを手で回す。女性は成すすべなく、両手を前に突き出した。……しかし、一向に手を拘束する様子が見て取れず、二人の顔を一瞥した。


 「拘束しないのですか?」


 「ん~。してもいいけど、本来の目的とは離れているから、ね?」


 「まあ、そういうことです。その代わり──」


 私は女性の前に立つと、指を立ててウインクした。


 「この国の情報、教えてもらってもいいですか?」


 


        ◇


 

 ──「た、たいへんです! ミネルバ様!」


 「あ~? 何だ~? …………ヒック」


 呼ばれた彼女が大皿に並々と注がれた何百杯目のお酒を一気に喉に流し込んでいたちょうどその時、右手に槍を持った男が慌ただしく宴会会場に入ると、急ぎ、報告した。


 「先ほど捕らえたはずの罪人二名が、地下の牢を開け、脱獄した模様です!」


 「なにいいい!? すぐに探せええ!!」


 『は、はいいい!!』


 激怒したミネルバが手にしていた大皿をバラバラに握りつぶすと、その場にいた従者たちが一斉に立ち上がり、ドタバタと会場から出ていった。そして一人残ったミネルバは、その辺にあったまだ少し中身が入った酒瓶をガシッと掴み、怒りを露にして一言言うと、残りの酒で喉を潤した。


 「マリン、この裏切り者……。絶対に許さん……!」


 


        ◇


 

 ──「……ということです。あ、あの! しゃべったので、解放してくれません?」


 モグとシエテによって捕らえた女性が、事の顛末を二人に話した。するとシエテが女性に質問する。


 「じゃあまだ、ミネルバさんはマロー王と直接会ってはいないんですね?」


 「ええ。お二人がスキルで声のやり取りは見ましたが、それだけです。内容はさっき話した通りです」


 「ギリギリ……いや、いつここに来てもおかしくはない、か」


 モグが腕を組みながら「う~ん」と唸った。私が質問を続ける。


 「他に何か変わったこととか? 不審者とか」


 「不審者はあなたたちですよね!? ……コホン。ええと、変わったと言いますか、ミネルバ様自身に変わった様子は──……あ! そう言えばここ最近で、お近づきになりたいと尋ねて来た女の子が来ました」


 「! どんな子でしたか?」


 「ええと、黒いフードを被っていて、顔は見られませんでしたが、恐らく十歳前後の──」


 「モグ!」


 「ああ。あの娘だ。私達が来る前にマロー王から遣わされていたんだ」


 「どうやって探す?」


 「その点は簡単だ。しかも目の前にちょうどいい役者がいるから、ね?」


 モグが拘束された女性にウインクすると、女性の顔が引きつった。


 


 


 


 「──……先輩……。一体どこに……」


 黒いフードで顔を隠し、屋根伝いで燃え広がる家々を駆け抜ける少女が、少し前、ここにいるととある少女に言われたのをきっかけに、ある人物を探していた。──と、何かを発見し、一旦身を隠した。


 「……あいつら……一体何を──はっ!」


数時間前に見逃がした獲物二人がロープで拘束している人物を少女が見た途端、素早く二人の前に立ちふさがった。


「……おい! 今すぐそのロープを解け」


「っ! やあ、数時間ぶりだね」


「あなたを待っていたわ」


「なに? どういう──いや、今はそれよりも……ッ!」


一瞬で間合いに入ると、袖から出したナイフを逆手で持ち、目の前の少女──モグに斬りかかった。


「おっと!」


モグの足元から十本の真っ黒いものが伸び、ナイフの刃先をその硬い爪がガードした。


「ちっ。《賢者》の呪いか」


「言ったでしょ? 私にはその程度の攻撃は当たらない。この呪いさえも受け入れた私にはね?」


モグが余裕の表情で攻撃してきた相手をそのまま跳ね返した。


「グググ……マロー王様が黙ってないぞ!」


「ああいいさ。元々彼とは上手くいかないと分かっていたからね。それより、この人でしょ? 君のお探し物は」


モグが親指を後ろに向けると、私が後ろから男を前に歩かせた。


「っ! 先輩!」


少女が手を伸ばそうとした瞬間、私が聖剣をその男の喉元に近づける。


「き、貴様! 今すぐその剣を下ろせええ!」


少女が敵意を剥き出しにして怒り始めると、モグが「まあ、まて」と少女を静止させた。


「私もこのまま実験体でもあった彼を殺すのは勿体ないと思っている。そこでだ、


ジャックと呼ばれた少女が唾を飲み込むと、少し落ち着いた様子で、答えた。


「……何が狙いだ?」


「取引だ」


「取引?」


「君は今すぐ彼を助けたいと思っている。そして私も君と戦うことを望んでいない。そこでだ」


モグが背中に両手を回しながらジャックの周りをゆっくりと歩き始めた。そして、ちょうど後ろに回って来た瞬間、人差し指をピンと立てながら、彼女に言った。


 「ここは一度、身を引いてくれないか? かの王が待つ場所まで」


 「……ふ。バカバカしい。それで一体何のメリットが貴様らにある?」


 「そうだね~……。君の前にいる少女──シエテ・ペンドラゴンを……と言ったら、納得できるかな?」


 当の本人には聞こえない声で、モグはジャックに言い寄った。そして耳に手を当てながら小さくもう一言、


 


 「──あの娘の、君たちは邪魔だ」


 


 「……………………!」


 ジャックは今までに感じたことがない圧倒的な恐怖を感じると、手にしていたナイフを落とし、全身の力が抜けたかの如く、そのまま地面に膝を付いた。その様子を見終えたモグがスキップするかの様に軽い足取りで、先ほど耳元で囁かれた少女の元へと、歩いて行った。そして約束通り、男を少女に引き渡すと、ジャックは彼の肩に手を入れ、空いている手で指を鳴らすと、その場から消え去った。


 「──さて、これで邪魔が入る事はないでしょう! 目指すよ、上に」


 「うん! 頼りにしてるよ、相棒!」


 拳をコツンと合わせ、二人は空を見上げた。天守閣にいるであろう、ミネルバと今度こそ会うために。


 


 


 


 


 ──……シュタ!


 「はは。この私が恐怖を感じるなんて、マロー王様以来……いや、それよりも──」


 近くの茂みに入り、担いできた男を木陰に下ろすと、ジャックは今も感じる先ほどの恐怖に疑問を感じた。王の威厳……なんてものじゃない。というか、この世界に存在している者の畏怖なのかも怪しいと感じるほどの恐怖。それが、あの《賢者》と呼ばれた彼女から発せられたのである。


 「──……賢者・マリン。あなたは一体、何者なんだ……」


 今、その答えを知る者はいない。再び彼を担ぎ、ゆっくりと森の奥へと進んでいった。


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