新第7話 暗殺パーティー

「──本当にこれだけですか?」


 「はい。それだけです。なのでそこまで硬くならず、もっと肩の力を抜いてください。そろそろ私の口が……がまん……ぷっ!」


 「もう! わ、笑わないでよ! ……一応、真剣にやっているんだから!」


 セレンさんと私はアーサ王が演説している間にアーサ王から紹介された後、私自身が皆の前で喋る用の事を練習しているのですが、当の本人がガチガチに緊張してしまい、先ほどから言葉が怪しいのである。私は真剣なんだけどな~。


 「そろそろです!」


 「は、はいっ!」


 アーサ王の話を側で聞いていた執事──『ハロルドさん』が私に登場を促す。すぐに近くに寄り、王の紹介を待つ。そして──


 「──それではご登場願いましょう。我が国の希望、『シエテ・ペンドラゴン』……ッ!!」


 「「「「わあああああああああああああ!!」」」」


 多くの歓声に包まれながら私がバルコニーに出て来る。数分前の緊張は外に出た途端、嘘の様に消えていた。何故なら私が想像していた数千倍もの笑顔が少し前までただの女子高生だった私を迎えてくれたからだ。


 「こ、今晩は~。ご紹介に上がりました、シエテと申します……ッ! み、皆さんの希望になれるかはわかりません。ですが! 精一杯、私に出来る事を成し遂げて来ます!」


 「うむ。では、聖剣を掲げたまえ」


 「は、はい!」


 私は腰に差していたあの剣を取り出し、皆の前で天空に掲げる。お昼に見た時の輝きは、夜になるとその輝きは増し、まるでプラネタリウムを見ている様だった。


 私が掲げる姿を皆は見ると、少しシンと静まった後、どこからともなく大きな歓声が湧き上がった。


 「「「「わああああああああああああああああああああ……ッ!!」」」」


 けど、その中で一人だけ、私を啞然とした表情で見ていた者が居た。



         ◇


 

 「なっ…………何……ッ!?」


 聞いてないぞ! あれが例の聖剣ということは分かる。だが! あれを持っているのはアーサ王だと聞いたはずだ。なのに……あの女は誰だ? しかも【スキル】を使えるだと!? 冗談じゃない。一旦、先輩に伝えるしかないな……。少女は「はぁ~」とため息を吐くと、小声で何かを唱え、闇に包まれた。


 


 


──「ったく。遅い。一体何してやがる」


アルテミスから少し離れた薄暗い林の中で一人の長身の男が身を潜めながらブツブツと独り言を呟きながら、誰かを待っていた。組んだ腕の手先は一定のリズムをタンタンタンタンと刻み、どうみてもイライラしている様子だった。すると、


「──ッ!」


腰にある拳銃が入ったホルスターに手を添え辺りを警戒する。数秒後、男の前に膝づく形でフードを被った少女が現れる。


「私です」


少女の姿を確認すると、男は警戒を解く。そして再びイライラした様子で少女に聞く。


「……それで?」


少女がフードを脱ぎ、短髪の髪を見せながら男の質問に答える。


「……問題発生です。例の剣、どこの誰かわかんねぇ女が手にした様で。ターゲットを狙う理由が消えちゃいまして……」


「……何? 女?」


「『シエテ・ペンドラゴン』と呼ばれている様です。……どうしますか? 先輩」


先輩と呼ばれた男は先ほどまでイライラした表情を一変させ、少し考え込む。……数分後、その結論を少女に言い渡す。


 


「──構わん。…………やれ」


 

         ◇


 

「シエテ殿、どうですかな?楽しんで頂けているだろうか?」


「はい! もちろん! このドレスもとても気に入りました。本当にありがとうございます」


「うむ。それは何よりだ。今夜は存分に楽しんでくれたまえ」


「はい。また後ほど」


アーサ王が私の元を離れ、お招きした貴族の方や街の人と会話を楽しむ。少し前に緊張していたスピーチも無事終わった事で、大分リラックスしていた私は、ウエイターが運んでいた一口サイズのワッフルボール(果物が乗ったワッフルにクリームがかかっている料理)をもらい、ぺろりと平らげる。とても美味しかった。すると、会場の壁に背を預けているゴスロリチックなドレスを身に纏った少女──モグを見つけ、私が近づく。


 「……どう? 楽しめている?」


 「まあまあかな。どうも私には向いてない様だ。シーちゃんは……言わずもがな、だね」


 「……憧れだから」


 「憧れ?」


 「うん。何となくだけど、小さい頃の私がこういうのをすごく夢見ていた気がするの」


 「なるほどね~。それは良かったね」


 「本当はモグと一緒に楽しみたいんだけどな~……チラッ」


 「はいはい。わかりました。私も参加させてもらうよ。でも、ちょっと気になることがあるからそれが終わったらね」


 「気になる事?」


 「たいしたことじゃないから、気にしないでおくれ」


 「……うん」


 「あ、あと、ミーヤ嬢をちゃんと見ておくこと! こういう場だからこそ、警戒を怠ると大変な事に巻き込まれることが多いからね」


 その言葉に何か嫌な予感がした私が真剣な表情でもう一度モグに聞いてみる。


 「……モグ、本当に大丈夫? 私に出来る事はない?」


 「……君は勘が鋭いね。でも、大丈夫。あくまで様子見だから。ご心配ありがとう、我が親友!」


 あっけらかんとした表情のモグに私も心配し過ぎだと考え、詮索をやめる。背を向け立ち去った友の姿が目に映る。嫌な予感が的中しないことを願いながら、パーティーを楽しんだ。


 


 



 ──パーティー会場から少し離れたトイレに一人、誰かと話している女性がいた。綺麗なドレスを着ており、とてもその佇まいからは気になる事はなさそうに感じるが、一つだけおかしな点があった。それは──


 「……ええ、そうよ。あの剣はあの娘が手にしているわ。私の目の前で見たから間違いないわ。……ええ、任務は予定通り、この後のフィナーレの間。ステージの幕が上がって会場の照明が落ちたその瞬間。……そう、あの娘を殺し、必ず聖剣を奪取しなさい。……失敗したら? ふふ。そうね……骨は拾ってあげるわ」


 耳に装着したイヤホンの様な機械に手を添えていた彼女は、何事もなかった様にそれを髪で隠した。そして水を流し、個室のドアを開けて外に出る。ジャーという水が流れる音が消え、辺りが静かになったその数分後、天井から一匹の少し大きな蜘蛛が音もなく、糸を垂らして下りて来る。そしてトイレのドアの隙間から急いで出ていった。そのトイレのある廊下の角でジッと待っていたモグが先ほど出て来た蜘蛛を手に乗せる。そして、


 「──やはりか。これは早めに戻らないとまずいことになりそうだ」


 モグはその蜘蛛を肩に乗せると、急いで会場に向かった。


 

         ◇



 「さあ、いよいよフィナーレのお時間です! 会場の皆様、どうぞお手にグラスを」


 司会進行のお姉さんがマイクを手にステージへと集まった人々の注目を向ける。そして──


 「3!」


 ステージの裏で両手にマイクを持つシエテが心臓をドキドキさせる。


 「2!」


 その側でアーサ王とレオナ夫人が見守る。


 「1!」


 ステージの幕を開ける係りの人が反対側の同じ係りの人と頷き合う。


 


 「「「「フィナーレ……ッ!!」」」」


 


 グラスを手にした人々が正面に向かって乾杯する────はずだった。


 


 ダンッ!


 


 「「「「?」」」」


 照明が全て落ち、辺りが暗くなる。誰がどう見てもハプニングだと思い、ステージ裏で待機していたシエテがカーテンの開いた会場を細めた目で辺りを見渡す。すると、


 会場の真ん中でシエテを見ていたミーヤが何者かに刃物を向けられる。そして、音もなく忍び寄った少女が彼女の背中をその漆黒に塗られたナイフで切り裂く……刹那、


 「──間一髪……ッ!!」


 同じような黒いドレスを着た女の子がミーヤの命を救う。すると、予備電源が入り、会場に明かりが灯る。そして真ん中で起きていた光景を目の当たりにした人々が騒ぎだす。


 「ッ!? 人殺しだあああああああああ……!!」


 「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!」


 先ほどまで楽しんでいた人々の顔は青ざめ、急いで会場の外に出ようとドアに向かう。ようやくそれを確認した私、そして後ろで見守っていた夫妻もその戦慄としている状況を、目の当たりにした。


 「「ミーヤ!」」


 「ミーヤちゃん!」


 ミーヤに向けられたナイフを固い蜘蛛の足がそれを受け止めている。モグだった。


 「モグ!」


 「やあ、シーちゃん、悪いけど、こっちに来てくれるかい? この娘を安全な場所に移動させるためにもね」


 「分かった!」


 ステージからジャンプして降り立った私は、ミーヤちゃんの元へと走る。そして無事、保護した後、その敵と対峙する。


 「あーあ……。こりゃダメだね。多勢に無勢と言うやつだね。私はやーめた」


 「?」


 モグが訝しげにその様子を窺う。すると、私とミーヤちゃんの後ろから、拳銃を持った男が現れ、額に銃口を当てられた刹那、けたたましい音がなると、視界が真っ暗になった。


 精神の様なものだけを感じている私の身体は、これが《死》であるということを理解するのに時間はかからなかった。


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