新第6話 箱の番人
「こ、これを着るんですか……?」
「はい。お嬢様もお喜びになられるかと。これを選んだのは他でもない、お嬢様本人ですので」
「ミーヤちゃんが? えへへ……ちょっと照れるなぁ~」
私がドレスを抱きながらにやけていると、トントンとドアをノックしてセレンさんが入って来る。
「シエテ様、そろそろご準備を。旦那様の演説の際、ご紹介なされますので少し練習しておきましょう」
「練……習?」
「練習と言っても一言述べるだけですよ」
「は、はあ……。よし!」
私はドレスをミランさんに預け、セレンさんについて行った。そしてこのお屋敷に来てから初めて入る機械と対面した。それは─
「これ、本当に大丈夫なんですよね?」
「……おそらく」
「え、今なんて?」
「コホン。失礼しました。多分、大丈夫かと」
「多分とは……」
私とセレンさんの前にある機械。それは日本にいた頃は家のマンションについていたごく普通の『エレベーター』──を、かなり年期が入った感じの機械だった。人の技術が~の話で出て来た技術がこんなところにも使われていたみたいだが、少し怖い。というのも、実は昔、エレベーターに乗ったまま閉じて開かなくなった経験があるからだ。なので、小さい頃に体験したトラウマが今になって蘇って来た事実に抵抗を感じてしまったのである。流石に一人で乗るのが怖くなった私はセレンさんに一緒に乗ってもらう様に頼もうとした。が……
「申し訳ありません。私はこれからお仕事がありますので。ご一緒は出来ません。ボタンは一番上の階を押していただければ大丈夫ですので、私はここで」
「そんな~! 待ってよ、【セレ〇もん】……ッ!」
「……その【ナントカエモン】については言及しかねますが、どうにも出来ません」
「このポンコツ~ッ! 覚えてろよ~ッ!」
怖い気持ちよりも怒った気持ちが勝り、プンプン言いながら私は箱に入った。そして言われた通り、一番上の階を押す。
「もう知らない! この変態メイド!」
「なっ……!? ……ご武運を!」
チーンと音が鳴り、ドアが閉まった。
◇
つい言ってしまった。どうしよう……。もう後戻り出来なくなっているし、今更気づいたけど、この空間暗くしんとしていて今にも何か起こりそうな予感がする。……とりあえずは順調に上の階に上がっているけど……。
「静か過ぎるのも怖いのよね……」
そう呟いていると、天井から物音が聞こえる。
ガコン。
「ひっ!?」
恐る恐る上を確認する。するとそこには──
「やあ! 珍しいね。私に会いに来るなんて」
「……だ、誰……?」
蜘蛛の身体に人の頭がある生物がいた。
「ん? 私に会いに来たお客じゃないの? そっかー。残念」
「ああええと、あ、貴方は?」
「ん、私かい? 私はこの【枝嶺閉垂亜/エレベーター】の番人──『モグ=ロジョ』さ」
「モグ……なんて──」
「モグ=ロジョ。モグでいいよ。それより君のお名前は?」
「あ、私はシエテです。一番上の階に行く為にここに来ました」
「なるほどね。じゃあ一番上の階に送るね」
「え? これ、今上がっているんじゃ……」
「ん~とね、実はもう大分前に壊れて動いてないんだよ、これ」
「……はい?」
「私はここに住まわせて貰う代わりにこの箱を動かしているんだ。と言っても、ほとんど誰も来ないから動かすのは結構久しぶりなんだけど……」
「は、はあ。会いに来たっていうのは?」
「セレンだよ。あの娘が私に居場所をくれたんだ」
……セレンさん、知ってて伝えなかったのか。恐ろしい女め~。
「そろそろいいかな? 上に送るね」
「あ、はい。お願します。ふふっ」
「ん? 私なんか変なこと言った?」
「いえいえ! そうじゃなくて。その……私、昔から暗くて狭い所が苦手で……でも! モグさんがこうして話しかけてくれたおかげで克服出来た気がします。ありがとう!」
「そっかー。それは良いことをした!」
モグさんは少し笑うと、何かしらの操作をしていく。たぶん、久しぶりに誰かと話せてうれしかったのかもしれない。
「ところでこれって潰れたんですよね?」
「そうだけど?」
「……一体どうやって動かしているんですか?」
「ああ、それは──」
モグさんが言いかけた瞬間、入った時と同じチーン! と音が鳴り、扉が開いた。私が聞き返す。
「それは?」
モグさんはたぶん六本位ある腕の一つを口元に伸ばして指を立てた。そして──
「ひ・み・つ」
チーン!
静かに扉が閉まった。
◇
最上階に行くと小さな吹き抜けから下に居る住民たちの歓声が聞こえて来た。大分集まっているみたいだ。
私は落ちない様に塀を掴みながら恐る恐る見下ろすと、悪人を倒した時の様に私に手を振って来た。思わず私も振り返す。そのまま奥へ進むと明らかにパーティーが開かれる予定の会場が姿を現す。思わず、
「眩しっ!」
シャンデリアの光が目を細くさせる。私がどこに居ればいいかとその細くした目のまま辺りを見渡すと、先に会場に来ていたと言っても少し前に会ったミランさんを発見し、私が近づく。
「ご到着なさったのですね。お待ちしておりました」
「すみません。ここへ来る為のエレベーターの住人と話していて」
「……? エレベーターの住人? あそこには誰も居ないはずですよ?」
「またまた~。モグさんっていう蜘蛛と人が混ざった方? がそれを動かしているって本人から聞きましたし~」
「……シエテ様。どうかお気を確かに。あれはもう長らく使っておらず、動力源も──っ! まさか、幽霊!?」
「えっ……と、触れてはないですけど、確かに居ましたよ?」
「……ミランさんはどうやってここに……」
「……その停まっているエレベーターの隣に螺旋階段が……」
「…………じゃあ、あの人は一体……」
パリンッ!
いきなり二人の近くでシャンデリアが一つ、音をたてて割れる。そして周辺だけが薄暗くなる。すると、先ほどまでの空気が一気に冷たく感じる様になる。
「「ひぃっ!!」」
二人が抱き合い、例のエレベーターの方向を覗く。──特に変わった様子はなかった。
「はぁ~……」
「お、脅かさないで下さいよ~」
私がそう言った途端、エレベーターがゴゴゴゴと小さく呻き、ドアがゆっくりと開いていく。奥は暗くて何も見えない。
「シ、シエテ様……あ、あれ……ッ!」
「もう、騙されないよ~? いくらミランさんが幽霊嫌いって言っても私が会ったのは蜘蛛っぽい人であって幽霊じゃないんだから」
「あ、あ……あ……」
「だからまたそうやって……あ……──」
「そうそう。私は幽霊じゃないのさ。この姿も呪いみたいなやつで、元はちゃんと人間していたんだけどね、昔は」
いつの間にか私の背後に腕を組みながらうんうんと頷いているモグがいた。
「モグ!」
「やあ、シーちゃん。さっきぶりだね」
「…………」
ドタッ
「再会早々なんだが、彼女、大丈夫かい?」
「ッ! ミランさん、しっかり!」
モグの姿を見て倒れたミランさんを起こす。……気絶しているみたいだ。
「と、とりあえず、近くの椅子かベッドに寝かせないと!」
「私が手伝おう。彼女を倒れさせた原因でもあるしね」
モグが腰辺りから腕なのか足なのかわからない触手を伸ばして、軽々とミランさんを抱き抱えると、端っこにあったソファーに静かに寝かせる。
「これで良し」
「ありがとう。モグ」
「気にしないでおくれ。私が招いた災難だ」
少し俯き、悲しげな上場をするモグ。見て居たたまれなくなった私がモグに何か別の話をしようと考えていると、ふと、少し前に見た彼女の姿と居間の姿が異なっていることに気が付く。
「モグ! その姿って、なんか前に見た時と違う様な──」
「? ああ、この姿ね! これは私が視認情報を書き換えて人っぽい姿にしたオリジナルの【スキル】さ」
黒髪ロングの可愛い女の子の姿に黒いレースで蜘蛛の巣の様な模様を施したワンピース。同じく蜘蛛の巣模様のタイツを履き、ハイヒールだけが紅色に染まっていた。そんなことよりも、
「【スキル】!? 今、スキルって言った?」
「へ? う、うん。言ったけど、それがどうしたの?」
私がこの世界に来て初めて私以外のスキルを使える者と出会えたことが何よりもうれしく思い、気づけば彼女の(たぶん)両腕をガシッと掴んだ。
「やっと……やっと出会えた……私以外のスキルを使える人を……ぐすん」
「な、何で泣く必要があるのかはわからないけど、そ、それは、よかったね」
初めての感触に戸惑うモグを尻目に私が改めてモグの姿を凝視する。出会った場所故に暗く、こうして明るい場所で見る彼女の装いに興味津々な私をモグが赤面する。……可愛い。
「も、もういいでしょ? 今、それどころじゃないんじゃないの?」
「ヤダ! もっと見る!」
「あ、あのねえ……」
「ねえ!」
「は、はい?」
「今日はどんなパンツ履いてるのッ!?」
「シーちゃん、正気に戻れ。今の発言はどこかの変態メイドと同じ匂いがするぞ」
「はっ!!」
モグの一言で私が目を覚ます。そして頭を押さえ、「私は一体何を……」と呟く。それを哀れな目で見ているモグが、
「……まあ、見なかったことにするよ」
と、だけ言い、ミランさんの方向を見る。息が安定し、スヤスヤと眠っている。そして私に振り返ると、
「今の君がやるべき事は?」
「……あ、そうだ! パーティー!」
「そう」
モグがそれを確認すると腕を伸ばし、ミランさんが持ってきていた私用のドレスを手渡す。
「はい。ドレス」
「ありがとう! 早速着て見るね!」
私がその場を離れ、数分後、着替え終えた私がモグに見せようと戻って来たものの、彼女の姿はなかった。奥のエレベーターも静かに止まっている。
「モグ……」
「……ん、んん……」
タイミング良く、ミランさんが目を覚ます。私が駆け寄る。
「良かった~。目を覚ましたんですね」
「シエテ様……? はっ! ゆ、幽霊は!」
「幽霊? 何のこと?」
また気絶してもらっては困るので、私がとぼける。するとミランさんが私のドレス姿に気づき、目を輝かせる。
「ッ! ドレス、着て下さったのですね! とてもお似合いです」
「えへへ。ありがとう。……っと、そうだった! これ着て私はどこで待てば──」
私が少し前に見降ろした塀の方を横目にミランさんに聞く。すると、答えたのは街の人々を呼び寄せたアーサ王だった。
「それについては私が答えよう」
「アーサ様!? いつの間に……ッ!」
「うむ。それより先ほどの質問だが、場所はこの少し奥にあるバルコニーでまず、私が招いた人々に少し話をした後、君を皆の前で紹介する」
ゴクリ……。
「ん? 緊張しておるか? あははは。なに! 気にすることはない。きっと彼らは君を歓迎してくれる。私がそうだったように」
「は、はい!! が、頑張ります……!」
あはははと高笑いする王様に対して、緊張しっぱなしの私は何か嫌な予感をするも、この時ばかりはスルーしてしまった。
──「クックック……。覚悟せよ、アーサ王。貴様の命、刈らせていただく……ッ!!」
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