新第5話 アーサ王伝説
「その昔、ここより南にある《カルパ》という小さな村で私は生まれました……──
◇
──その村は貧しいながらも穏やかで、皆で助け合いながら日々を過ごしていました。時は進み、私が六歳の頃、この村に旅人がやって来ました。と言っても、二頭の馬を連れ、用心棒も三、四人ほどその男に付いていました。村の人々はすぐにその方が貴族、またはそれに該当する身分の高い方だと判断し、普段は出さないであろう豪華な食事等を用意し、その方々をもてなしました。すると突然、男は近くに居た村人に尋ねました。
「『イグレナ』という女性を知らないか?」と。
その女性はこの村で娼婦として働いていた。そしてこのイグレナこそが私の母でした。そんな、身分のかけ離れた私の母にこの男と何の関係が? と皆が口々に喋っていると、噂を嗅ぎ付けた母が男の前に現れました。当然、その時私も一緒に。すると男は私に向かってこう言いました。
「──お前は私の息子だ」
突然の出来事に理解が及ばず困っていると、母がいきなり私の頭を優しく撫で、そっと抱きしめました。この時初めて私にも、母がどういう意図なのかを理解しました。これがお別れなのだと。
その後、私はカルパからさほど遠くない位置に存在する《アルカディア王国》のその男──ユーサ王の元、貴族の振る舞いや話し方、勉学に勤しみ、皇子としての知識や経験を積んでいくこととなった。もちろん初めは貧しい村の生まれからか、他の貴族や屋敷の執事達も困惑していたが、持ち前の明るさや器用さで克服し、立派な皇子となった。そんなある日、この先にある《竜王の溪谷》という場所に父と共に交易の為にそこへ赴いていた時の事でした。
「何? 道が無い?」
「はい……ここから先は竜族の長が管轄しているらしく、竜族のガイドに案内してもらうか、徒歩で少し先にあるつり橋を渡らねばなりません。どうか、ご理解を」
「そうか……ちなみにその案内役の竜族の方はどこに?」
「もうそろそろ着くはずです……あ、来ました! お~い!」
つり橋があると言った方角から、見た目は人とほとんど変わらないが、頭に特徴的な角が突き出し、お尻からは大きな尻尾が出ている若い女性がこちらにやって来る。
「……お待たせしました。緑竜族の『カレン』と申します。今回は我が国にようこそお越しくださいました。ユーサ王殿。──そちらの方は?」
「は、初めまして。アーサと申します」
「アーサ殿下ですね! 我が国でもお噂はかねがねお伺いしております。イケメン皇子が現れたと」
「お褒めに与り光栄です」
「では、参りましょう。私がお二人を乗せて運びます」
「お願いします」
「はい」
彼女はそう言うと我々から少し離れ、その身体に翼を生やさせる。そして一気に上空へ跳躍すると、人の身体から巨大な竜へと変貌する。
「これが竜族の本当の姿……」
「背中にどうぞ」
私達は言われた通り、背中に乗って緑竜族の国──《アルテミス》へと飛び立ちました」
ここで私は、アーサ王が言った言葉の中で気が付いた事を問う。
「え、この国の名前って──」
「ええ、そうです。ここは昔、私と父が訪れた緑竜族の国、そのものなのです」
「竜族の国が、何故?」
アーサ王はテーブルに置かれた聖剣を見つめながら語った。
「──……先ほどの話の続きですが、私と父──ユーサ王はここ、アルテミスへ着きました。と言っても、今のアルテミスと当時訪れたアルテミスはかなり違った印象でした。私が生まれたカルパほど貧困ではなかったものの、川の水は汚く、果樹園に向かえば小さい実が生っていました。とは言え、竜族の国。私達を送ってくれた様に自由に空を飛び、岸壁などの人の技術では取りに行きづらい薬草や食べ物を取っては、生活の糧にしていました。見かねた我が父はすぐに外交を決め、アルカディアと手を結びました。もちろん、アルカディアとて財政が頗る良い状態ではなかったのですが、父曰く、
『助け合うことこそが国の発展に繋がる。竜族も人もいつの日か、平和に暮らし、共に子を育める世の中になる。そう私は信じている』
それが最後の言葉になるとはこの時私も思いませんでした。
「……何があったのですか?」
「……私達は嵌められたのです。背後に隠れていた存在によって」
「それは、一体?」
「──……『マロー王』。全ての竜族の王です」
「マロー王……」
「彼は我々の様な人の国を狙い、外交と称しその国の王または皇子を暗殺し、人の国を略奪しようとしていたのです」
「そんな……!?」
「しかし、ある一人の竜族の助けを借り、私は命からがら逃げる事に成功したのです」
「もしかして……それが──」
「はい。ミーヤの母親です」
「じゃあ、ミーヤちゃんのお母さんはもういないんじゃ……」
「それが、違ったのです。私もそう思っておりました。しかし、彼女は憎きマロー王に捕らえられているという情報をつい最近、手に入れたのです!」
「それで私にお母さんを救出してほしいと言う訳なのですね?」
「なんと! 引き受けてくれるのですか!」
「まあ、乗り掛かった舟と言いますか、そんな感じです。……ところで、この聖剣は?」
「ああっ! 私としたことが、すっかり剣ことを忘れていました。この剣は父の形見なのです」
「ユーサ王のですか?」
「はい。父は私を当時のアルテミスから脱出させるためにこの剣で戦ったのです。私は見ておりませんでしたが、手伝ったミーヤの母親──『セレーネ』がこの剣を私に託していったのです」
「そんなことが……」
「この内乱は貴族間の問題だけにとどまらず、あろうことか協力する様に命じた緑竜族の民達にも危害を加えたのです。お互い、ボロボロになった緑竜族の民は命じたマロー王を討つため、私にアルカディアの協力を求めました。父から剣を託され、緑竜族の民から助けを求められた私は、決断しました。父の為、そしてこの民達の為にも、マロー王を討つと。そしてアルカディアに民と共に戻った私は父の死を国民に告げるとともに、力を蓄えることに最善を尽くすと。そして一緒に帰って来た彼女、セレンの手にはミーヤが抱えられている事を知り、この娘を守る為に国民に協力を仰ぎました。初めは探り探りの関係が続きましたが、父の願いである竜族と人の共存を胸にここまでやってきました」
「なるほど」
すると側で聞いていたセレンさんがアーサ王に問いかける。
「旦那様、どうか私もご一緒させてもらってもよろしいでしょうか? ミーヤお嬢様を護衛すると共にシエテ様をあの場所に案内するためにも」
「うむ、良かろう。君が言うならば私は拒まぬ。シエテ殿を手助けしてくれ」
「はい。かしこまりました」
セレンさんがアーサ王に頭を下げると、王が私に振り返る。そして目の前に置かれた聖剣を手に取る。私もテーブルから離れ、その場で跪く。
「──今再びこの剣を手にした者よ、聖なる力を以て竜を払い、剣に忠誠を誓わん……」
「──誓います」
アーサ王から手渡された聖剣を両手でしっかりと受け取ると、この剣に込められた……否、引き継がれてきた意思の重さを感じとる。施された蔦の様な模様と赤や青、黄色に緑など様々な光を放つ宝石が散りばめられた銀色の鞘。初めて見る本物の武器を眺めつつ、少し後ろに下がると剣本体の柄をしっかりと掴む。そして天井に掲げる様に引き抜いていく。見た目と反し、鞘以外は軽く、本当に大丈夫なのかと疑ってしまうレベルであった。が、しかし、全て引き抜いてその本体を確認した時、『本物』である確信を得る。何故なら──
「──……綺麗…………」
生前見たテレビショッピングでよく出て来た宝石を使ったブレスレットやネックレスとは比べ物にならない程、美しく、それでいて綺麗で、傷一つないその聖なる剣は、魔法でもかかっているかの様な魅力を放っていた。初めて鞘を見た時に感じた『一目惚れ』は正しくこのことであった。見入っていた私にアーサ王が心配そうに声を掛ける。
「シエテ殿? どうかなされましたか?」
「……はっ! いえ、ちょっと見入ってしまいまして……。大丈夫です」
私はゆっくりと剣を鞘に戻し、腰の位置で携えた。
「それではよろしくお願いします。出発は明朝でよろしいですかな?」
「はい。えーと、この後のご予定は……」
私がこの旅に何がいるかを考えていると、セレンさんが助け舟を出して来た。
「身支度については他の者が揃えますので、シエテ様はパーティーに参加されるのがよろしいかと」
「うむ、そうだな。ミラン、パーティーまでの時間はどのくらい残っておる?」
ミランと呼ばれた別のメイドが頭を下げながら答えた。
「あと、三時間程あります」
「うむ、十分だな。ミラン、シエテ殿のドレスをご用意しなさい。それから残りの者達に声を掛け合い、住民たちに広場に集まる様に声を掛けてくれ。私が上で話そう」
「え? へ? あ、あの、私は、ど、どうしたら……」
「ミランについて行きたまえ。彼女がこの国一番の職人に注文させるように事前に伝えておる。そのドレスを取って来る予定になっておる。と言っても、シエテ殿は客間でゆっくりしてくればよい。ミランには客間に案内させるだけだ」
「は、はあ……よ、よろしくお願いします。えーと、ミランさん」
「はい。私にお任せください」
アーサ王が使いの方々に命令を下していた間にレオナ夫人とミーヤちゃんの姿が消えていた。一番近くに居たセレンさんに聞いたところ寝室でミーヤちゃんを寝かせて来るらしい。きっと街の一件がよほど疲れていたのだろう。そっとしておこう。
「ではこちらへ」
アーサ王に一礼して部屋を出る。そして長い廊下を進み、ちょうどお手洗いの角を曲がったところにある部屋に案内される。
「ここでお待ちください。すぐに戻ります」
「はい」
ガコン。
静かに閉められた扉をしばらく見つめると、近くのソファーに座る。そして手にしていた聖剣をテーブルに置いた。そしてこれを託されたというプレッシャーを感じつつ、改めて決意したのであった。
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