05.大気圏突入戦闘編

【まえがき】

 アクション小説の極限はどこだ!?という素朴な疑問に対して、私なりに模索した結果をご紹介。

 今回のお題は大気圏突入戦闘、よろしくお付き合いのほどを。


【本文】


『こちら空間警備隊』通信回線に緊張。『航路ES-352の宇宙船、コースを外れているぞ。加速して上昇せよ。繰り返す……』

『バレた!』母船から舌打ちの気配が届く。

「“マザー”へ、こちら“雀蜂”」予備動力を起動。機体を緊急起動シークェンスへ。「時間を稼ぐ」

 宇宙服のヘルメットから網膜投影、視界に計器ウィンドウ群が展開する。

 返事は待たない。融合炉のレーザ・ドライヴァ、自動キャリブレーション開始。

『こちら“マザー”、引き付ける。救難信号を発信』

 視界へ新たに戦術マップ、“雀蜂”を収容した“マザー”に救難信号の赤いタグ。


「大丈夫か?」

『要救助船を撃つ警備隊が?』

 戦術マップをズーム・アウト――空間警備隊の哨戒艇は“アサマ”型、接近中。

「スベったら蜂の巣になるのがオチだ」

 言う間にも機体の自動チェック・リストが視界を高速スクロール。

『もうちょいで大気圏、』戦術マップ、“マザー”から伸びて軌道線。『土手っ腹に穴空けてやったら、追っかけてくる度胸はないと見るがね』

 融合炉――起動用意よし。

『要救助船へ、こちら空間警備隊“アサマB2”』場慣れたコール。『聞こえるか? 救難ポッドで脱出しろ。高速艇で回収する』

「言わんこっちゃない」舌打ち。「厄介なのが出てきやがった」

 戦術マップ、“アサマB2”から分離する機影が2つ。

 船のセンサを通じてパッシヴ・サーチ、エコー解析――“兜虫”。


『頼りにしてるぜ、経験者』

「言うことがそれか?」頬を苦く歪める。「荷に傷が付いちまうぞ」

『一撃離脱、ゲリラ戦じゃこれ常識な』“マザー”の声に不敵の色。『敵“兜虫”、距離5000――やけに慣れてやがるな』

「本職を甘く見るなよ」機体後部を貫く推進ノズル、電磁加速システム――グリーン。「“雀蜂”の融合炉起動と同時に偽装をパージ、背面ハッチ全開。ぶち破られたくなかったら5秒でやれ」

『おいおい8秒は要るぞ』

「ロックぐらい偽装内で外せる」機体全長を貫く自由電子レーザ――グリーン。「死にたくなきゃ急げ」

『おーお、経験者は言うことが違うねェ』

 姿勢制御スラスタ、チェック完了。

「接触通信、切るぞ」“兜虫”までの距離――200。「タイミング任せる。ハッチ開放、偽装パージ。空いた隙間から勝手に出る!」

『予想制限時間60。ギリギリまで待ってやるから帰って来いよ――ハッチ開放!」


 “マザー”の上面ハッチが開き始める。“雀蜂”の固定ラッチを解除。融合炉起動。

 スラスタで鼻先を持ち上げる。ハッチ開放動作中。間から弾け飛ぶ偽装が見える。

『要救助船!』回線の向こうで声が裏返る。『こちら空間警備隊! 何があった!?』

 視界にハッチの隙間と機体の比較。ワイア・フレームの像が重なり――、

「今!」


 スラスタを噴く。機体を前、船外へ。

 姿勢制御。機尾を巡らせほぼ真横――いた。

 “兜虫”。その機影に重ねて機尾――推力軸線。

 スロットル解放。融合炉の電力が推進材をプラズマ化。爆発的に膨張・電離した粒子を電磁誘導、メイン・ノズル――の中でさらに加速、機体後方へと叩き出す。

 収束。反動推進、その荷電粒子――が直撃。“兜虫”。機体後部。

 飛び出した。“雀蜂”。一気に偽装部品の群れなす外側へ。

 そこで回頭、鼻先を軌道後方へ。すかさず噴射、急減速。


 残り時間48。


 衛星軌道を辿る原理は自由落下に他ならない。加速すればより遠くへ落ちる軌道――要は高高度軌道へと移り、減速すればその逆になる。

 “マザー”の後方、高度を下げて“雀蜂”。

 間を取り回頭、滑らかな流線を成す“マザー”を挟んで減速中の“アサマB2”、こちらは複雑な円筒形。


 残り時間36。


 視界に赤文字と警戒色――アクティヴ・サーチ検知。

 光を含めた探知波を自ら発するアクティヴ・サーチは、探知精度と引き換えに己の位置を晒すリスクを負う。そこに込められた意志は――一撃必殺。

 すかさずスラスタ。しかもランダム。メイン・ノズルに及ばぬとは言え、その推力は機体を蹴飛ばすには不足ない。戦闘機動。


 警告――。


 斜め下方、レーザが薄い大気を電離させて微光を曳く。その元を辿れば――“兜虫”。

 スロットルを全開――しつつ戦闘機動。内腑を絞るような加速G。速度とともに高度を稼ぐ。“兜虫”の上を取る。

 推力を絞る。軸線を下へ。狙う先は“兜虫”――と、違和感。

 最大加速。意識さえ置き去りにしかけて“雀蜂”、残った意地で引き起こす。“兜虫”をかすめて横、頭上に“アサマB2”の舳先――すなわち主砲軸線。

 思い出したかのように警報が合唱。アクティヴ・サーチ検知、近接警告、装甲過熱、第5レーザ通信機破損――生き延びた。


『“雀蜂”、こちら“マザー”!』回線の向こうから声が噛み付く。『おい無事か!?』

 その理由を遅れて警報が示す――軌道逸脱、その危険。

 大気圏突入までに“マザー”と合流できる軌道は限られる。当の“マザー”にしてからが、燃え尽きず目的地へ降りるには許容誤差範囲を外れるわけにはいかない。


 残り時間26。


 舌打ち一つ、姿勢制御。前へ機尾を振り出すや噴射――減速。見る間に高度が落ちていく。

 その直上――。


 “兜虫”の軸線、薙ぎかかる。恐らくレーザ。当たって確かめる趣味はない。

 スロットルをさらに一段開く。減速極大。間一髪でかいくぐる。

 推力変動、ランダム。振り回す。戦術マップ、回頭する“アサマB2”の主砲軸線が降ってくる。減速、警告――高度下限。承知の上。

 不意にスラスタ、回頭――横へ。噴射。全力。射線をかわす。

 さらに回頭。軸線を合わせる間すら惜しんでスロットル。加速しながら機首にカウンタ、トリガを自動へ。繊細なカウンタを当てつつ薙ぎ上げ――る先に“兜虫”。

 捉えた。正面。トリガ発動――照射。

 走る。光芒。“兜虫”。熱を帯びた表面装甲が溶けて散る。

『おい!』

 喜んでいる暇はない。命数を示すタイム・リミットは容赦も見せず迫りくる。


 残り時間18。


 蹴飛ばすようにスラスタ、横推力。脳をシェイクするような戦闘機動で“アサマB2”の虎口を逃れ出る。間一髪。

 眼を向けるまでもない。“マザー”への帰還も考え合わせれば、チャンスはもう二度はない。

 戦術マップ、離脱する“兜虫”を横目に回頭、射線を“アサマB2”へ向け――かけて。


 赤――。


 警報を読み取る前に反射でスロットルを解き放つ。アクティヴ・サーチ検知。可動副砲。

 戦闘機動。推力全開、スラスタ噴射。機首を振り回しながら接近軌道――“アサマB2”。

 残り時間15。

 動いた。“アサマB2”。回避機動。

 食い付く。迫る。なお機動。“アサマB2”の視野角が増す。近接警報。軌道逸脱警報。


 そこで――、


 スロットル閉。スラスタだけで全力回頭。“アサマB2”へ晒して横腹――と見る間もなく。

 横を向いた機体前面に――艇体表面。

 横っ面をはたかんばかりに“アサマB2”、その横腹が流れゆく。

 トリガ。照射。出力全開。さらにスラスタ、射線を――可動副砲へ。

 可動副砲とて動作速度は限られる。至近で真横に動かれれば、可動が追い付くはずもない。


 捉えた。砲口。過熱の光芒。

 抜けた。“アサマB2”の姿が瞬時に後方へ。

 回頭。なお追う。機首を軌道後方、“アサマB2”の艇尾へ向ける。

 同時にスロットル開放。減速開始。機体が沈む。射線が降りる。

 スラスタ噴射。機首を、射線を――“アサマB2”のエンジン・ノズルへ。

 トリガ自動。出力全開――と。


 戦闘機動。“アサマB2”。同時にエンジン噴射――荷電粒子が襲いくる。

 叩き込む。スロットル全開、さらに高度を下げて射線をかいくぐる。

 警告。“アサマB2”の推力軸線、その予想範囲に――“マザー”の未来位置。


 残り時間――9。


 執念。回頭続行、機首をなお“アサマB2”へ。トリガ自動。だが――、

 振れた。“アサマB2”。推力軸線が目指して“雀蜂”。


 残り時間――8。


 打ち下ろす。“アサマB2”の推力軸線、それが軌道上方から断ちかかる。逃げられない。逃げたら“マザー”が射界に入る。

 減速を緩める。機首をわずかに上へ。“アサマB2”のエンジン・ノズル、その推力軸線が襲いくる。

 踏み留まる。もはや意地。トリガ自動。細心のカウンタを当てつつ射線を修正――どちらが先でもおかしくない。


 光――。


 結果は見ない。スラスタ水平噴射、戦闘機動。スロットルを再び開ける。減速全力。


 残り時間――6。


 戦闘機動終了。軌道修正。減速継続。“マザー”が迫る。まだ速い。


 残り時間――5。


 “マザー”の背中、開きっ放しのハッチを確かめる。自動操縦へ移行。ドッキング所要時間――4秒。


 残り時間――4。


 汗が出た。疲労が襲う。堰を切ったように息が荒れる。

『よう、生きてるか?』“マザー”からはさすがに神妙な声。

「……もう、ご免だ……二度と、やらん……」

 ドッキング。肌へ鈍い金属音。

『そう言うな』“マザー”の声が笑いを含む。『航宙司令にゃまだ遠いぜ?』

「階級、なぞ、要らん」荒い息で吐き捨てる。「引退、してやる……」

『まず無理だな』即答。『引退するなら前の戦闘で凝りてるだろうよ』

「……」二の句が継げない。

『ま、』“マザー”が親しげに、『救われた命があるのは確かだ。終わったら一杯付き合うぜ』

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