第6話
「ほい、どうした」
母が俺の肩をたたいて、また田んぼに入っていった。
祖父母も平然と、手で植えている。
この家の田植えはまだ手でやっている。
田んぼの形や大きさが、機械を入れるには向いていないという説明をされた。
たしかに、頭にイメージするような、広い敷地に、整然と正方形に区切られた田んぼではない。
かといって、どうだろう。
小さい機械を突っ込もう、という発想はないのか。
育ちかけの苗の集まりを、小分けにして植えていく。
腰が死にそうだ。
と、昨日までの俺だったら思うだろう。
今日は一味ちがうのだ。
今朝は五時半に合宿所近くのコンビニで待ち合わせた。
合宿期間は六時半に起床という決まりになっているが、外出は基本的にはしないように言われているらしく、そのため安全を考えての時間設定だった。
コンビニの前で待っていたらジャージ姿の花村さんが現れた。
「おはよう」
「おはよう」
通りを走る車もほとんどなく、またコンビニもまだ開店していなかった。七時に開くらしい。
「ちょっと寒いよね」
花村さんはジャージのチャックを一番上まで上げていた。
「そうだね」
「眠そう」
花村さんは俺に言ったが、すぐ大きくあくびをした。
それから二人で同時に笑った。
「こっちがいいと思う」
コンビニはちょっとした林の前にある。
外から林を見ると、薄暗くて中は見づらい。
さっそく入ってみる。
「えっと、だいじょうぶだよね?」
花村さんが言う。
たしかに、中に入ってみると、思ったほど隠れられているように感じられなかった。
「うん。さっき道側から見たときは暗かったよね」
「うん」
「だったら平気だと思う。陰から明るいところを見てるから、そう感じるんじゃないかな」
「そうだよね。早くすませちゃおう」
花村さんは言って、一気にジャージの上着のチャックを下げて前を開ける。
俺は現れたふくらみにさわって。
「あれ?」
これは。
Tシャツの内側にあるふくらみの感触が、いつもよりも生っぽいというかダイレクトというかなんというか。
「あ、やばい」
花村さんはいったん離れた。
「え?」
「……、まあ、でもいいや、もどってる時間ないし」
花村さんはまた胸を張った。
手をそえると、そのふくらみに、やはりいつもとちがうものを感じた。
手を開閉させ、指を動かす。
あたたかい。
やわらかい。
花村さんの眉間にやや、しわが寄る。
そしてふくらみの頂点に、やや盛り上がった突起物が……。
!!
こ、これは……!
き、着るべきものを着ていない……?
お胸を覆い隠す最後の砦が機能していない……?
Tシャツオンリー?
いやいかんいかん!
俺はなんのために揉んでるんだ!
花村さんの花粉症のためだ!
エロいことに集中するな!
揉みに集中しろ!
そう思うとふだんよりも手のひらからのダイレクトな感触が。
脳に刻まれるやわらかさ……。
だからいかんいかんいかん!
「おわり」
花村さんは言って、体をよじるようにして離れた。
しまった、やりすぎたか。
「ご、ごめん」
「え?」
花村さんはジャージのチャックを上げながらこっちを向いた。
「いや、その、ちょっと、さわりすぎたかと」
「そんなことないけど」
「え? そう?」
「言っておくけど、明日からはちゃんとつけてくるから」
「はい!」
俺が背筋を伸ばして返事をすると、花村さんが笑った。
「じゃあね」
「はい!」
よし。
こんなことがあれば力は無限に湧いてくるというものだ。
たしかに俺は田植えの素人だ。
しかしモチベーションはすべての能力を上乗せする。
植える植える植える植える!
「すごいじゃない」
植える植える植える植える!
「もうまっすぐできるようになったな」
植える植える植える植える!
「太郎が来てくれて助かったよ」
植える植える植える植える!
泥がどうとか、全然気にならない。
俺は手に入れたのだ。
完璧な2パイアール二乗を。
「うおおおおお!!」
「いやー、もう一日かかるかと思ったが、よかったよかった」
二日目にして田植えが終わった。
花村さんは通常のパイアールだったので特別なモチベーションは得られなかったものの、持続していた俺のエネルギーは消えない。
よく食べ、よく動き、よく寝た。
健康そのものだ。
いなか暮らしのイメージそのものだった。
その調子で三日目も気持ちよく目覚め。
気持ちよく揉み。
気持ちよく散歩して。
気持ちよく畑仕事まで手伝ったりして。
花村さんはどうしてるかな、なんて余裕で考えながら、ゴールデンウィークが終わってからのことなんて考えてみたりして。
明日は6日。
花村さんのレギュラーテストの日だ。
レギュラーになるテストか。
緊張してるだろうな。
朝、なにか言ってあげたほうがいいかな。
いや逆に、花村さんになにか言われたりして。
『今日はいつもより揉んで』
なんて言われちゃったらどうしよう。
『だめだよ、同じくらいの揉みにしないと、花粉症が治らないかもしれないし』
『いいの』
『え?』
『鈴木くんに、力をもらいたいの……』
『それってどういう』
『鈴木くん!』
『だめだよ花村さん、こんなところで俺を押し倒したりしたら』
『鈴木くん!』
『花村さん、服を脱いだりしたらいけない!』
『鈴木くん!』
『花村さん、こんなところでこんなことをしたらいけない!』
『鈴木くん!』
『花村さん! もう止まらないよ!』
『止まらないで鈴木くん!』
『花村さん! もう俺は花村さんのトランペットだ!』
そんなことになっちゃったらどうする!
やばいぞやばいぞ!
やばいのは俺の頭だ。
それを痛感したのは翌朝。
ゴールデンウィーク最終日。
午前九時起床。
……。
……!!
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