第4話

「俺にさわられるくらいだったら、自分でやった方がいいと思うんだ。録画したら、あとで確認できるからさ」


 胸を揉むことに、花粉症を一時的に治す効果があるのだとしたら、自分で揉めばいい。

 やり方がわからないなら、動画で何度でも何度でも確認すればい。

 考えてみれば単純なことだが、俺も花村さんも気づかなかった。


 もちろん、俺はまだ揉みたい。

 すごく揉みたい。

 花村さんががんばっていて、俺ががんばっていないことが気になっているとはいえ、それはそれとして、揉んでなにが悪い! という気持ちは、正直まだある。

 クラスメイトの胸は、揉みたいものなのだ。

 なんなら、直に揉んだほうが効果的かもしれないよ? やってみたほうがいいんじゃない? と提案する方法もあった。

 一回では効果が出なかったとしても、継続は力なりじゃない? 揉ませてよ~、と何度も何度も直揉みを、という欲望もあった。

 ステップアップを夢見ていた気持ちもあった


 こういう俺を捨てたい。


 なにもないだけじゃなくて、降ってきた幸運に頼っているだけの人間にならないためには、この、揉んだら花粉症が治る現象を、花村さんの負担にならないようにする、という形に持っていく。

 そうすると、なんていうか。

 すっごくいいことをしている気がするじゃないか。

 自分の利益が他人の損につながる部分を捨てたら、一歩先に進めそうじゃないか。

 

 俺が、なにかを捨ててもがんばろうという毎日を過ごしている人を応援できる。

 そういう人間になれる!

 ……かもしれない第一歩だ。


「さあ、やってみよう」



 スマホをセットし、録画開始。


 そして揉んだ。

 あー揉んでいる。

 やっぱり胸が揉めるというのはいいものだ。

 ただの脂肪だなんて言っているやつはバカだ。

 これはおっぱいである。

 やわらかくあたたかくそこに存在している。

 しかも胸にある。

 これが腹だったらちょっとちがう。やっぱり胸にあるのが良いのだ。

 そう、良いのだ!


 ……いやいやしっかりしろ!

 集中しつつ、邪悪な気持ちにならないよう、花粉症のことを考えながら指を動かした。


『……杉花粉についてはですね、花粉の出ない杉というものが開発されています。だんだんに、置き換えていくことも可能になってきてはいるのですが、一方で、費用はどうするのか、あるいは、マスクや薬、掃除用具などにも、花粉症にまつわるビジネスが完全にできあがってしまっている現状をどうするのか、そういった経済の問題もありまして……』


 昨日のテレビで言っていたことを思い出すほど自我を消していたら、もういいよ、という花村さんの言葉が遠く聞こえた。


「もういいって」

「はっ!」

 急いで手を離す。


「ご、ごめん」

 走っていって録画を止め、スマホを花村さんにわたす。


「動画の元データは消していいから」


 動画を花村さんのスマホに移して、内容を確認してもらう。

「ちゃんと撮れてると思うけど」


 花村さんが画面を見ている。

 俺も確認しようかと思ったけど、女子高生が同級生に胸を揉まれている動画を見るというのは、児童ポルノ鑑賞なのか?

 女子高生側が動画を見るのはともかく、揉まれている女子高生の動画を見ると俺は違法なのか?

 俺は歩く児童ポルノなのか?


「ちゃんと撮れてた?」

「うん」

「じゃあ、これからは自分でできるよね」

「うん……」


 その花村さん、どこか暗い顔というか、納得できないところがあるような顔をしていた。

 ように見えたけどたぶん、俺が、そうであってほしいという願望が出てるんだろう。

 鈴木くんに揉まれたいの! と言ってほしいだけだろう。

 どんだけ揉みたいんだ俺は。


 よし!

 これで終わり!

 いい思い出でしたとさ!

「じゃあ」

 今日は、俺が先に階段を降り始めた。


 揉みが終わる。

 これがラスト。

 これから俺は前を向いて進んでいくのだ。

 新しい揉みへと向かって。

 いや、人生の目標を手に入れるために。

 そう、揉みという人生の目標を。

 だめだ、全然吹っ切れてない!

 こんなんじゃ俺は揉みに潰されてしまう!

 人生を揉んでやる!


「ちょっと待って」

「はい?」

「私やっぱり、この動きできない」


 花村さんは俺のとなりにやってきて、動画を再生した。

 俺の手が花村さんの胸を揉んでいる。


「鈴木くんの動きが複雑過ぎて。ほら。親指と、中指と、小指が、別の生き物みたいに動きながら私の胸をさわるでしょ? それでいて、人さし指と薬指を浮かせて、全然さわってない。いつも思ってたんだけど、この指の動きどうなってるの? 指、つるんだけど」


 動き?

「どうって、別に、ふつうに」

 俺は動画を見ながら、同じように指を動かす。

 あえてコツを言うなら、こすりあげるように揉む、ということだろうか。


「これができない?」

「うん」

「そう……」

「だってさ。ふつう? っていうか、あの、おっぱいさわるっていったらふつうは、なんていうの? お茶碗持つみたいに、包み込むっていうか。手のひらと、指全体をそえるようにするんじゃない?」


 花村さんは、自分で自分の胸を持ち上げるようにする。

 これはこれで良い景色だ。


「どうしてそういう動きなの?」

「それは……」


 そう言われても。

 そういう動きになったとしかいえない。

 手が出て、胸を認識したら、そういう動きをした。

 本能とも言える。


 でも言われてみれば、自分でも、なぜ人さし指と薬指を浮かせつつ、残った親指、中指、小指でおっぱいを揉むようなそれでいてなでているかのような動きをしているのか、よくわからない。

 あえてやってみようと思うとたしかに難しい。

 しかしなんとなくやろうと思えばなんとなくできる。


「まあいいや、明日もよろしくね」

 そう言って、花村さんは階段を降りていった。

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