最終話:君は何色のパンツが好き?
いつも通りの朝。
カーテンの隙間から射し込む朝日も冬になれば、さほど眩しくはない。
ぼんやりした目で時計を見ると、針は午前7時を指していた。
今日は停学が解除される終業式。1週間も無かったが毎日家に居るとわりと退屈だという事を知った。エブリデイホリデイというのはどうやら俺には向いてないらしい。世の中の自宅警備員は逆にすごいと褒めてやりたいくらいにはなった。
それにしてもこの停学中、利き手が使えない不便さに打ちのめされる事に。
風呂、トイレ、食事、着替え、などと様々な事柄にて利き手の大事さを痛感した。
気が付けば左利きに……とはならなかったが、ある程度左手を使う事には慣れてきた。
まだまだ抜糸はできないらしい。包帯グルグル巻き状態のままだ。お陰様で絶対に右手臭いと思う。だって洗えないもん。少しくらいならと思って包帯を外し、お湯をかけた時の痛みは尋常じゃない。痛すぎて叫んで風呂で大泣きした。そしたらそれを聞いた父さんが風呂場に駆けつけたくらいだからな。
父さんはこの事件を学校からの連絡で知り、慌てて家に帰ってきた。………と、ここまではいいのだが、3日経った頃に『俺居ても居なくても変わらんな。大丈夫だよな? 帰るわ』と言って帰って行った。塩対応過ぎない? 一応俺の親だよね? まあでも昔から割と放任主義だからいいんだけども……。
この1週間も足らずの停学中には警察に事情聴取を受け、その時に朝原は事件を自分がやった事と認めており、これから処分が決まると聞いた。処分というか逮捕って感じになるだろう。もちろん彼は即日退学である。顔を合わせる事は二度とない。
向こうの両親からは土下座で謝られたが、謝罪は受け取らなかった。謝るべきは俺じゃないと伝え、綾瀬霞と言う一人の女の子に謝ってくれとだけ言葉を返しといた。
とりあえずこの事件は収束に向かっている事に一安心。学校では噂がどうなってるかは知らないけど、ある程度緩和されている事を祈っている。
とまあ、こんな感じで苦労しつつも、普通の生活に戻っていった。
準備を済ませ、マフラーを首に巻く。片手だとマフラーもつけるのに一苦労し、少しばかり苛つくのも日常の一部になっている。
久しぶりの学校にワクワクしながらの通学はいつぶりだろうか。明日からまた休みなんだけどね。それでも晴人やきさ、そして霞に会えるのは嬉しい。謹慎中は会うのは何故か禁止されていた。久しぶりでもないのだが、やっぱり久しぶりなのだ。謹慎中は霞からの連絡は一切なかったし。……正直、寂しかった感ある。
混雑した電車に乗り、人から右手を守りながら過ぎ行く景色を眺める。
全てがいつも通りなのに、違って見えるのは何故だろうか。何時ぞやか、人間とは感情によって流れて行く景色は違うものだろうと自分で言ってたなぁ。
ほら、恋をすれば全てが輝いて見えるとか言うじゃん? ……あ、これは恋ですね。完全に輝いてるわ。うん。恋してる。と改めて自分で納得。
電車の扉が開き、ホームへと出て、改札を通り、いつもの坂道へと突入する。
「はぁ……はぁ……」
やはりこの坂道はしんどい。いつになっても慣れない。涼しい顔をして、通り過ぎていく生徒が羨ましい。俺の体力のなさは異常ではないかと思うくらいに。
この時間帯は通学ラッシュなのか、俺の他にもたくさんの生徒がいた。
そして俺を見るや否や、友人同士でヒソヒソと話を始めたり、指差したりしている。内容もその行動も本人は気付いているからな! 気付かれてないなんて思うなよ。
普通に話の内容が聞こえてくる。
「あれ綾瀬霞を射止めた男だよ。綾瀬霞は月城一筋らしいよ。私も守って貰いたいよ。あんないい男に」
何その四字熟語みたいなやつ。なんかありそうじゃん。
————それに驚いた。俺がいい男だと今更知った事に。……嘘です。ごめんなさい。調子乗りました。
ともかく噂は違う形で広がりを見せ、犯人の事は一切触れられず、綾瀬霞の噂は変わっていた。
教室に入り、晴人に挨拶を交わす。
「おはよ」
「お! お勤めご苦労様です!」
「あぁ、我を労れ。苦しゅうない」
「うわっ、うざ!」
何だよ! 『うざ!』はひどいだろ。酷すぎて泣く。……というのは嘘で、あの日の礼を晴人にはちゃんと伝えないと。
「あの、その、何だ? ありがとな。改めて例を言うよ。お前がいなかったら俺は今頃ここには来れていない」
改めて、本人を前にすると恥ずかしくなって、ぎこちなさが出てしまい、何だか自分が気持ち悪く感じる。
「気にすんな。千草が無事でよかったよ。あ、無事ではないか。俺は大したことしてない。ただ……一つの命を――救っただけさぁ」
ドヤさぁと格好つけ、声音も変えて、遠く窓の外を眺めた。
「うわっ! うざ!」
「あはははっ!」
晴人は腹を抱えて笑い出す。釣られて俺も笑った。
「なぁ、俺が女だったら晴人に惚れてるわ」
「俺も女だったら千草に惚れてるわ」
「「うわっ! きもっ!」」
ついハモってしまい、ギャハハと下品に爆笑する。やっぱり持つべきは友だな。
広く浅く、そんな付き合いするくらいなら、友達はいらない。
狭く深く、一人でもいいから信用できる友達がいればいい。互いの信頼関係を深く出来る人と付き合っていきたい。だから俺は友達は少なくていい。
「千草っ! お勤めご苦労様です!」
ビシッと敬礼し、声を掛けてきたのはきさだ。
「おう、久しぶり! 心配かけました」
謹慎中、ちょくちょく連絡を取っていたのはきさだけである。なのできさも事件の事の顛末は知っている。
「元気そうで何よりです。手はどう? まだまだって感じ?」
「そうだなぁ、多分めっちゃ臭い」
「えぇ?」
「嗅いで見るか? 臭いぞぉ~!」
包帯グルグル巻きの手をきさの顔に近づける。
「きゃーーやめてー!!」
こちらに来たばかりなのに叫びながら逃げて行ってしまった。そんなに嫌がらなくても……。ちょっと傷ついたぞ。
晴人はもちろんだが、きさも俺の大事な人の一人だ。唯一の女友達で、一時期の恋愛感情も互いに無くなっている。と言うかきさ自身がそうしてくれているのかもしれない。
俺は周りの人に助けられてばっかりだ。だから今度は俺が返していく番だなとつくづく思う。
「そういやぁ、霞先輩には会った?」
「いや、まだ」
「あの人さ、お前がいない時も毎日俺たちとお昼一緒に食べてたよ。その度、千草はどう? 元気にしてる? とか心配してたよ」
「連絡してくれやいいのにな」
「そりゃお前あれだよ……いや、やっぱ何でもない」
「そこまで言ったら言えよ。気になるだろ」
「とりあえず伝言。待ってるってさ」
「あぁ、そう言う事ね。了解」
終業式が終わったら行きますか。
****
終業式も終わり、晴人ときさに一言だけ挨拶して、いつもの場所へと向かった。
「ここに来るのも久しぶりだなぁ。いや、そうでもないか」
扉を開け、屋上に足を踏み入れる。強く冷えた風が体に当たり、一気に体温を奪われてしまう。マジ寒い……。
この場所から始まり、ここで終わった。
1週間前の出来事を思い出して、自分が倒れこんでいた場所まで歩き、黒ずんだコンクリートを見ると痛々しい血の跡が残っていた。こんなにも血が出る経験は人生で一回でいい。二度とごめんだ。
フェンスから下を眺めると、明日から冬休みというのに、部活の準備をしている人がちらほらといた。
「少年」
懐かしい呼び名で呼ばれる。その声も久しぶりで。
「そこの少年」
「はい」
返事をしながら後ろを振り返ると、そこには体育座りをしてこちらを見ている一人の女の子がいた。
「やっぱりビッチなのでは?」
その光景を見て、そう思ってしまう。
「私は学校一の美女と呼ばれているんだけど?」
自分で言っちゃうのね? 恥ずかしくないかい?
「でもそう言われても仕方がないと思う」
「ほう。それはどう言う意味かな?」
「だってパンツ見えてますよ。黒ストッキング越しに白いのが」
前もこんな感じで話してたな。脚の間から見えるパンツは黒ストッキングが相まってエロさを助長させていた。エロい。ありがとうございます。
「見えているんじゃなくて、見せてるの」
「やっぱりビッチじゃん!?」
何で見せてくれてんのか訳わかんねーわ。
ニシシッと笑い、霞は立ち上がって梯子から降りて来る。
俺の手が使い物にならないから、それを考えて降りて来てくれたんだろう。優しいなぁと思っていると、俺の正面に立った。
「千草、おかえり。待ってたよ」
「はい。ただいまです」
「じゃあ改めまして、千草。今まで本当にありがとう。おかげ様で残りの学校生活楽しめそうです」
急にかしこまられるとなんか気恥ずかしくなって、ぽりぽりと頭を掻いた。そして霞はぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ。痛い目には遭いましたけど、それなりに楽しくて充実してました」
俺も同様に頭を下げて、顔を上げると霞の頭はまだ上がっておらず、プルプルと体が震えているのが見て取れた。
「顔あげてください」
「ごめん……。ちょっと上げられない」
「何で?」
「だって……これで終わりって思うと……辛くて。涙が止まらない。こんな顔見せれないよ……」
あぁ。確かに今日で俺たちの関係は終わりになる。偽装カップルはもう必要ない。
「いいから上げてください」
霞に近づき、顔を無理やり上げる。
ボロボロと涙はこぼれ落ちて、地面を濡らす。
「泣かないって決めてたんだけど……やっぱり無理だった……ごめん」
「別に泣く事じゃなくないですか? 確かに今日で俺達の関係は終わりますが、会わなくなる訳じゃないのに」
「そうだけど……」
「とりあえず泣き止んで?」
「はい……」
目を制服の裾で擦り、ニカッと笑みを見せてくれるがぎこちなさすぎる。少しだけ落ち着くのを待ってから、気になっていた質問をした。
「一つ聞きたいんだけど、謹慎中連絡くれなかったのは何で?」
「押してダメなら退いてみる作戦を決行してみたって感じ? ……少しは会いたくなるかなぁと思って?」
小首を傾げながら、自分でもわかってない感じに言うが、その作戦大分効きました。効果は抜群で、危うくやられるとこでした。HPは残り2でしたよ。と言っても調子にのるかも知れないので、やめておこう。
「あははっ! なにそれ! そんな事して自分は大変じゃなかったの?」
「笑わないでよ。すごく大変だった。逆に私が会いたくなちゃった。でも我慢したんだよ」
可愛いなおい。そういう所めっちゃ好き。
「よく頑張りました。その作戦は大成功ですよ」
「え?」
「俺もすごく会いたかったです」
「何で? 千草は有川ちゃんが好きなのに私に会いたくなったの?」
あっ、そっか。告白の件を断ったの言ってないもんな。
それと同時に今だと思った。今ここでちゃんと向き合って気持ちを伝えよう。全てが終わったら告白するつもりだったんだ。それにこんな可愛い人を誰かの手に渡したくないし。もう偽装は終わったんだし。
「俺、霞先輩が好きなんです」
言った。ずっと言えなかった、この二文字が。
「へっ!?」
ビクッと肩が跳ねる。
「偽装カップルはもう終わりです。だから俺と付き合ってください。またここから始めませんか?」
「へっ!? えっ!? へっ!? 千草は有川ちゃんが……あれ? 私のことが好きなの?」
「だから言ってるじゃないですか。俺は霞が好き」
かあぁぁぁと顔が赤くなり、隠すように後ろを向いてしまう。
「何でそっち向くんですか?」
「うっ、うるさい! 心の準備とかあるじゃん! 急にそんな好きなんて言われたらこうなるよ!」
なぜ告白して怒られる。
なかなか振り向いてくれない彼女に近寄って肩を掴み、振り返らせた。
「ひゃっ!」
「先輩。返事はまだですかね」
「……ばか。そんなの決まってるじゃん。一つしか無いよ」
「じゃあ改めまして言わせてもらいます。心の準備はできましたか?」
「ダイジョブです」
ほんとか? ちょっと片言ですよ? でもまあいいならいい。
「俺は霞先輩が好きです。大好きです。だから俺と付き合ってください!」
その告白を聞いた彼女は、深呼吸をしてから少し間を空けて口を開いた。
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」
彼女の返事を受け取り、俺達は偽装カップルから本物のカップルになることができた。
長かった。ここまで来るのに時間がかかり過ぎた気がする。『好き』というたった二文字を言うまで。
「ちょっと抱き締めたいかも」
「私も同じこと考えてた」
霞の身体を引き寄せて、抱き締め合う。
俺の胸に顔を埋めて、すすり泣いていた。
「大好き」
「俺も大好きだよ」
時間で言えば、一分も経っていない。だが、体感ではとても長く感じた。
それから霞は俺を見上げ、うるうるとしたままの瞳で、一つの質問を投げかけてきた。
「ねえ千草、今まで色んなパンツ見られてきたけど、君は何色のパンツが好き?」
突然の質問は、何か意味があって言ってるように聞こえる。それに何の意味があるかわからないけど、答えは一つしかない。
これは君であって、君だからこそ、その色じゃ無いと意味が無いのだから。
純粋な君にしか似合わないその色は。
何色にだって変われる。
君を表現するには、それ以外考えられない。
だから俺は即答しよう。
「やっぱり霞は白でしょ」
―完―
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