第11話:泣かない。でも泣いてしまうのは仕方がない。
諦めて目を瞑った時だった。
ドンっと音が鳴り、ナイフが地面に転がる音も聞こえてきた。
瞑っていた目を開けると、目の前には晴人が立っており、朝原は突き飛ばされ倒れていた。
晴人は刺されそうになる俺をギリギリのところで助けてくれたみたいだ。
「はぁ……はぁ……何とか間に合ったか? なぁ千草……はぁ……はぁ」
「いや……一歩遅かったな。でも助かった」
「あんな言い方されてここに辿り着いた俺をもっと褒めろよ! 俺じゃなきゃわかんねーぞ! 馬鹿野郎!」
晴人は息を上がらせながら怒ってきた。けどかっこよすぎて惚れちゃう。
自分が助かった事にホッとしたのも束の間。
屋上の扉から泣きながら一人の大好きな人が走って抱き着いてくる。また会う事ができてよかったと安心。
ぐしゃぐしゃになった顔を胸に押し付け、わんわんと泣く。
「千草のばかぁ! 何で自分一人で何とかしようとするのさぁ! ばかぁ!」
「ごめん……」
「許さないよ……本当にばかぁ! うぐっ……」
痛い痛い。ぽこぽこ叩かないで? 振動が右手に伝わってすごく痛いから。
「霞、ごめんけど右手やばいから叩かないで?」
「え?」
霞の視線は右手にゆっくりと移り、血の気が引くように顔が青ざめていく。
「千草っ……血が……血が……」
血が出てるとかの問題じゃないの。もうすごく切れてるの。
霞は慌ててブレザーのポケットからハンカチを取り出して、手に当てる。止血をしようとしてくれているのだが……。
「痛い!! やめて!!」
「我慢して……ごめんね。私のせいで……こんな事になって……本当にごめんなさい……」
ぼたぼたと涙を流しながら謝って、手を抑えた。
「霞のせいじゃないよ。気にしなくていいんだよ。俺はこういう事になる覚悟はできていたから。霞の身に何かあるくらいなら俺が傷を負って守れた方がいいじゃん。逆の立場だったら、俺一生後悔する自信あるよ?」
今さっきまではもう死ぬと思っていたんだからこの程度で済んで良かった。命が繋がってよかった。
「そういう問題じゃないよ! 私が千草を巻き込んだから……」
「それは違うだろ? 俺はお前を助けると約束したんだ。これは俺の問題だから」
「でも……」
「でもじゃない。自分が言ったことはきちんと守る。それが俺だ。そういう性分なんだよ」
どこまで言ってもなかなか納得はしてくれないだろう。彼女は確実に何を言った所で自分を責める。
誰だってそうだろう。この状況を生んだ元は自分なんだと思うのが普通だ。でも、だからと言って押し付けた訳じゃない。『助けて』と言えと言ったのは俺だ。これは俺の問題でしかない。
これ以上言っても霞は考えることをやめない。だから無駄なので話し相手を変えよう。
「晴人、こいつが例の犯人だ。飛んでいったナイフだけは回収しといてくれ」
「ああ。もう回収しといた。おもいっきし殴ったから多分気を失ってる。安心してくれ。もうすぐ野木センもくるから」
そう言った矢先、扉が開いて、柳と野木センが来た。
「月城!? 何があったんだ? ……ってそれどころじゃなさそうだな。病院いくぞ」
俺を見るや否や、状況を理解して話は後回しに。
「そうですね。すいませんけどお願いします。話は後程詳しく説明します」
「先生! 私もついていきます!」
「分かった」
霞は先生からの了承を得て、彼女に支えられながら立ち上がる。
今の右手はほぼ使い物にならないのとまだ緊張と恐怖が抜けきっていないのか、なかなか力が入らない。
扉に向かっていくとそれまで黙り込んでいた柳が傍に寄ってきた。
「千草くん……ごめん。あの時助けてくれたのに、僕は助けられなかった。もっと早く来れてれば……」
「柳……。お前はよくやってくれたよ。逆に感謝する。俺がいない間、霞を守るために体を張ってくれてありがとな。信用してよかったよ」
彼があの場で朝原を留めておかなかったら、状況はもっと悪化していた。俺ではなく、霞に危険が及んでいたはずだ。柳のおかげでこの程度で済んだと言っても過言ではない。本当に感謝しかない。
「当然の事をしたまでだよ。感謝されることじゃないから。それより早く病院に行かないと」
「それもそうだな。あとは頼んだ」
「うん」
それから野木センは他の教師を呼んで、気を失った朝原は連れていかれた。
柳と晴人は事情を話すために、朝原の連れていかれる場所へと同行して行った。
何とか無事にとは言えないが、これで問題は終わった。噂もこのまま撤回される事を祈るばかりだ。
あとは学校に任せるしかない。
俺の出番はここまでだ。
****
「痛い痛い痛いっ!!」
「我慢しなさい!! 男の子なんだから!」
俺はあれから野木センに連れられ、先生が昔お世話になった病院に来ているんだが……。
「これは男の子でも我慢できませんっ!! 痛いっ!!」
「我慢!!」
待って!? これ我慢とかのレベルじゃないだろ! 麻酔は!? 麻酔はどうしたの!? 何で直縫いなの!? おかしくない!? おかしいよね!? そうだと言って! 何でもっと大きい病院に来なかったの? ここではこれが限界って、それで直縫いはやばくない!? 目で見えちゃうのもグロ過ぎてどうなんですか!?
野木センは『この病院おすすめだ!』とか言ってたけど、俺は全然おすすめできない!
「千草、頑張って……。私が隣にいるから。手も握っていいから」
左手で霞の手を握り、半べそ掻きながら痛みに耐える。
「ぎゃーー!! 痛い!! 痛いんですけどぉ!? 頭おかしいんじゃないんですかぁぁ!?」
「月城、男なら我慢しろ。情けない。泣くな。……でもまあ昔先生も泣いたけどな」
「泣いたのかよ! いや、泣くだろ! むしろ泣かない奴は——って痛ってぇ!!」
横目で霞を見ると、霞も泣いていた。泣くな? 泣きたいのはこっちだぞぉ?
「可愛い彼女があんたの握りしめる力に我慢してるのよ。あんたも我慢しろ! 女の前でピーピー泣くんじゃねぇ!!」
ねぇ、ちょっと? この医者は患者に対するこの言葉遣いはどうなの? ……でも、この人可愛いんだよなぁ。女医だよ女医。響きがえちえちだ。
「じゃ、じゃあ我慢するので連絡先教えてください」
その言葉を聞いた瞬間、霞がバシコーンと俺の頭を叩いた。ごめんなさい。
「そんな冗談言えるなら大丈夫だね。次はちょっと痛いよ!」
「ぎぃぃぃやぁぁぁーー!!」
泣いた。もう情けないくらいに泣いた。
朝原ぁ! てめぇのせいでこんな事になってんだぞ! 恨む! 末代まで恨む!!
手術という名の拷問が終わり、手は包帯でぐるぐる巻きになった。
俺、右利きなんですけど、これからどうすればいいんだろう。と思いながらも野木センの車に乗り込み、学校へと再び帰った。
車に乗り込んでから、少し走った所で野木センに事の顛末を話した。
「そんな事があったんだな。先生たちは何も知らなかった。でもなあ、なんで俺達教師を頼らなかったんだ? 先生に言ってくれれば、こんな事にはならなかったんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれません。でも、先生たちだって暇なわけじゃないし、そもそも信じてもらえるかどうかも分からない。正直、信用ないんですよ。先生達は。現にこの噂は一年以上前から流れていたのに気付けてないし、俺は一学期の頃から知ってたよ。割と噂は広がってた。それだけ先生達は関心がないって感じちゃいますよ」
「ごもっともだな。……綾瀬、俺が学校を代表して謝るよ。気付けなくてすまなかった」
「いえ、いいんです。先生達に頼らなかった私も悪いから……」
野木センにだけでも相談すればよかったと今になって思う。こんな真摯にすぐ謝罪できる先生はなかなかいない。少し言い過ぎた。
「月城、さっきお前治療してる時に学校から連絡があったんだが、お前停学だ。と言っても終業式の日には解除される。その間ゆっくり休んでろ」
「え、なんで俺が? 被害者なのに? 朝原は?」
「そんな事言われても俺は知らん。朝原は警察に連れてかれ、事情聴取を受けてから、どうなるか決まるらしい」
「そうですか。俺、防ぎきれなかったんですね」
「それはお前が悔やむことじゃない。悪いことをしたら罰せられる。それが世の理だ。自分の犯した罪は自分で。人に尻拭いしてもらうものではない。だからお前のせいじゃない」
先生は語気を強めて言った。俺が気にすることじゃないと。
「まあでもこれで危険は去りましたね。朝原には霞に二度と近づかないと約束させるようにしといてください。俺の大切な人なんで」
かっこつけて言ってみたものの、隣に座ってる彼女はすやすやと眠っていた。泣き疲れたんだろうな。俺より泣いてたからな。ごめんな、心配させて。手も握りすぎてごめんな。
今日は傍にいてくれてありがとう。情けなかったかもしれないけど、霞がいてくれてよかった。
これでもう俺達の関係も終わりだ。
次会う時は終業式だな。
今度こそちゃんと伝えよう。俺の気持ちを。
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