第9話:根源と接触、千草に迫る危険。
僕が、僕が何とかしないと。千草くんが来るまでの間の時間稼ぎは僕の役目だ。
綾瀬さんは相当怖がっていた。あんなの見たら怖くても行くしかない。今、彼女から彼を遠ざける事が出来るのは自分しか居ない。
本当は逃げ出したい。
足が竦み、恐怖で震えている。夏樹くんが怪我をしていたのを知っているから、何されるかは大体想像出来てしまう。
だけど、守ると約束した。
動こうとしない足を叩き、己を鼓舞して、一歩、また一歩と踏み出して行くのだ。
「何の用ですか。朝原さん」
「誰? 別に君には用はない。霞ちゃんを呼んでくれ」
「柳です。あなたがやった事を暴露した、柳です」
「へぇ、君なんだ。君も夏樹みたいになりたいようだね」
やばい。逃げたい。……でも逃げない。約束だから。
「夏樹くんのようになっても構わない。綾瀬さんは絶対に呼ばない。お前には近づけさせない!」
そう言った途端、腹部に激痛が走る。
人を殴る事に躊躇がないな、この人……。
「ぐっ……」
「だからさぁ、邪魔しないでよ。殺すよ? 刺されたくなければ大人しく彼女を呼んで来い」
彼はブレザーを捲り、隠してあるナイフを見せつけてきた。
夏樹くんが言った通りだ。もうこの人は歯止めが効かない。ここまできたらもう引き下がれないんだ。
流石にまずい……。
「そんな事して、ただで済むと思ってんのか?」
「はぁ? 弱い奴に限ってそういう事言うんだよな。情けないったらありゃしないっと!」
「かはっ……」
痛い……。そして話が通じない。
どうしよう……千草くんはまだかな……。
「はーい、そこまでー。柳、大丈夫か?」
「月城……またお前は邪魔をするのか」
「柳ありがとな」
朝原を無視して、僕に話しかけて来るのが何だか面白くて、フッと笑ってしまう。
「本当に遅いよ……大分手遅れ……」
「悪い悪い、ほら、あれだ。霞の心のケアも必要だったからな」
「それもそうだね」
「無視してんじゃねぇ!」
「あ、居たんだ。ごめん。気付かんかった」
「調子に乗りすぎだよ。月城」
殴りかかってきた朝原を千草くんはひょいっと避けた。
「だから謝ってんじゃん。それにこういうのは人のいない所でやりましょうよ。先生来たら何もできなくなるよ? それでいいの?」
「はっ! それもそうだな。興が醒める前に行こうじゃないか。とことんやってやるよ」
「柳、鍵くれ」
「あ、はい。……千草くん」
小さい声で耳打ちする。
「気をつけて、ナイフ持ってる」
「マジでか!?」
驚いてはいたが、「まあ大丈夫だろ」と言って、屋上へと向かってしまった。
****
チャイムが鳴り、束の間の休み時間。
スマホが震え、一通の通知が届く。差出人は柳からだった。
『朝原が来てる』
くそっ! なんでそっちに行くんだよ!
「晴人! あとで電話するから、そん時は話が終わっても切らずに話だけ聞いててくれ!」
「はぁ!? どういう事!? 授業始まったらどうすんだよ!」
「Bluetoothのイヤホン使ってるだろ! それで何とかしてくれ! んでやばくなったら助けてくれ!」
「あ! おい!」
晴人の言葉を聞かずに、走り出した。
つーかよぉ! なんで霞のところに行くんだよ! あいつ! 馬鹿野郎か! 頼む、柳。何とか時間を稼いでくれ。
二階に辿り着き、遠目から少しだけ顔を覗かせ様子を見る。
まだ朝原だけが立っているのが見え、他には誰もいない。このまま行けば、必ずバレる。一応後方の扉から入れるように遠回りして来たのに、こっちを見られたら意味がない。だから柳が出て来ることを願うしかない。
俺の横を通り過ぎて行く生徒の後ろを歩き、朝原から見えないように教室に近づく。
「何の用ですか。朝原さん」
出てきた。柳、ありがとう。お前を信用してよかった。朝原の意識は柳に集中している。今のうちだ。
ササッと霞の教室に入り、霞の席へと向かう。
霞は俯きながら、ギュッと俺のプレゼントしたマフラーを握りしめていた。
近づいて、頭の上にポンと手を置く。
「悪い、待たせたな。もう大丈夫だから。あとは任せろ」
「千草ぁ〜。怖かったよぉ」
俺を見て安心したのか、ギュッと抱きつき涙が垂れる。
「大丈夫だから。ごめんな、言わなくて。でもこれで終わらせるから安心して」
「今……柳くんが……」
「わかってる。だから俺も行ってくる。もう大丈夫だな?」
「うん……千草見たら落ち着いてきた」
「よしよし。じゃあ行ってくる」
頭を撫でるとふにゃあと顔を崩し、少し嬉しそうだった。
教室の扉を少し開けて、廊下を見やると柳が殴られていた。
「かはっ……」
今のは痛いだろ。
「はーい、そこまでー。柳、大丈夫か?」
朝原、お前いい加減にしろよ。どこまで腐ってんだ。
「気をつけて、ナイフ持ってる」
柳が俺にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。
「じゃあ行きましょうか」
朝原は素直に屋上に行くことを了承した。俺のことをよっぽど痛い目に合わせたいらしい。そもそもここにきた目的は何だ? ナイフを持ってる理由もよくわからない。
とりあえず晴人に電話をかけておこう。
「もしもし、俺6限出れそうにない。保健室行ったとでも言っておいて。それと……あとは頼んだ」
朝原に見られないように電話を切るフリをして胸ポケットにしまいこんだ。
****
ったくよぉ。千草の野郎は肝心な事だけはいつも言わないから嫌なんだよ。遠回しに、迂遠に伝えてくる。
俺はお前の言葉の端々を捉えて、尚且つ、翻訳してどういう意味が孕んでるかを考えてるんだぞ。こっちの身にもなれってんだ。
でもとりあえず言われた通りにはする。スマホとイヤホンを連携させて、片方だけを手に持って頬杖をつく様な形でイヤホンを耳に当てる。
向こう側から聞こえてくるのは衣擦れの音のみで、それ以外は何も聞こえない。
これをずっと聞かされるのか? 結構きついぞ。
千草は自分がこれから危険な目に遭うことを理解している。だから俺にあんなことを言ったのだ。
『助けてくれ』と。いつもはそんな事言わないのにな。
霞先輩と関わる様になってから千草は変わった。あいつの昔に何があったかは知らないけど、何か抱えているのはわかっていた。いつも貼り付けた笑顔で、この俺にも壁があるみたいに。でもそれも彼女と関わって、いつしか消えていた。彼女のおかげだ。嬉しいのやら悲しいのやら。
そんなことを考えていると、扉の開く音が聞こえてきた。それと同時にチャイムがなる。
『さて、朝原先輩。とりあえず殴り合いは置いといて、話をしましょう』
千草の話を聞いて、噂を撒き散らした本人といる事はすぐに分かった。殴り合いって何だ。あいつ貧弱だろ。
『……とは……ない』
相手の声はうまく聞こえない。離れているんだろう、マイクが拾える距離にいない。
『ナイフ持ってるんですよね? こっちはステゴロなのに、あなたは刃物なんてずるくないですか? 刺されるこっちの身にもなってほしいですね』
ただの喧嘩じゃないなこれは。
『話し合いで何とかならないんですかね。あなたは最初から負けてるんですよ。それでも執着して、執拗に霞に近づいてさ、やってる事ストーカーと変わらない。今あなたがやろうとしてる事って自分自身も殺すもんだと考えてわかんないですか? それに家族も世間から後ろ指差される事を加味した上での行動ですか?』
何煽ってるんだよ。そんな事したら激昂して刺されかねんぞ。
「おーい、
「あ、はい。なんですか?」
集中しすぎて全然聞こえなかった。
「月城はどうした?」
「体調悪いらしいんで保健室です」
適当に誤魔化せたので、この場はよしとする。
再びイヤホンを耳に当て、話の続きを聞く。
『あんたが流させた噂で、霞が自分の所に縋ってくるなんて思い上がりだ。初めてが欲しい? 心底気持ち悪い。それとあいつの初めてはもう……わかるよなぁ?』
その後、罵声と共にドサッと倒れる音が聞こえてきた。
まずい!
「先生! 俺も体調悪い!」
そう伝え、走り出した。
どこだ。どこにいる!? 二人きりで誰にもみられない場所! どこにある!
考えてもわからない。……霞先輩なら知ってるかもしれない。
霞先輩の教室に辿り着き、勢いよく乱雑に扉を開けた。視線は一気にこちらへと集まる。だが今はそれどころではない。
「霞先輩! 千草は! 千草はどこに行った!」
「おい! そこの君! 今は授業中だぞ!」
「うるせぇ!! そんな事はどうでもいい! 黙ってろ!!」
「わかんない……千草が危ないの?」
「千草くんは屋上だ! 僕も同行する!」
誰か知らない奴が大声で言った。事情を知ってるという事は、こいつ昼休みに千草と電話していた奴だな。
「分かった。頼む。千草が危ない」
「私も行く!」
彼女を連れて行っていいものなのか俺には分からないが、ダメと言ったところで来るだろうな。
「ちょっとお前ら! いい加減にしろ! 今は授業中だぞ!」
「悪りぃな先生。続けてどうぞ! さいなら!」
「さいなら!」
「さいなら!」
「待ちなさい!! コラァー!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます